(11)ぬくもり

 計算してみると、私が小学校に入ったとき母は三十三歳だったことになる。末っ子だからなのか、私は甘やかされて育ったと思う。寒い冬の夕方、母と一緒に風呂でミカンを食べたり、湯船の中で手ぬぐいで坊さんを作って遊んだり、淋しくなったら母のエプロンに顔をうずめて泣いたりして、母の「ぬくもり」に包まれて育ったと思う。だからなのか、今でも人の心の温かさに触れると心がふるえる。

 若い頃はほとんど病気をしたことがなかったが、六十歳を過ぎたころから何度か入院した。点滴の針を刺され、心電図の電極をつけられ自由に動けない状態でベッドに横になっているとき、乳がんの治療で病院に来ていた知人が帰りがけに見舞いに来てくれた。話をしながら私が自分の腕を揉んでいると、彼女がすっと手を伸ばして腕を揉んでくれた。「とてもいい気持ちです。揉むのがお上手ですね」と言うと、「揉み方なんて分からないんですよ。ただ、一生懸命に揉んでいるんです」と言った。何事に関しても上手だとか下手だとか言う以前に、一生懸命にすることがひとにぬくもりを伝えるのだと学んだ。ずっと前に私の英語教室で勉強したことのある女性が、教室を辞めてからもいつもご自分の庭にできる季節の果物を持って来てくれる。先日も砂糖漬けにした梅の飲み物を届けてくれた。「これを飲んで、早く元気になって下さい」と退院したばかりの私を気遣ってくれる。そんなぬくもりが私を生かしてくれているのだと思う。

 家内が脳内出血で入院していた時、三十年か四十年も前に英語教室で勉強して、今は東京に住む男性が家内のために新鮮な果物をたくさん送ってきてくれた。とても嬉しかったので電話でお礼を言った。彼は家内の病気のことは全然知らなかったのに、なぜだか家内のもっとも必要としているものを、そして最も必要としている時に送ってくれたのである。時空を超えた優しさとぬくもりが伝わってきた。

 実は、ぬくもりは誰しもが日常的に経験しているのではないだろうか?ただ、それをぬくもりと感じているかどうかの違いがあるのではないだろうか。そして、ぬくもりがぬくもりを呼んで幸せになるのだと思う。

 先日、防衛大学校へ行っている息子の長男が帰省したので、一緒にチャンコ鍋を食べに行った。食事をして店を出ると表は土砂降りだった。私は入口の近くの屋根のあるところに駐車していたが息子は雨の中を走って行って屋根のあるところまで車を移動しなければならない。私が強風に強い、ちょっと頑丈(がんじょう)な傘を車から出して貸してやると息子はそれをさして車まで走った。ドアを開けたところで今度は傘を閉じようと四苦八苦している。「傘が閉じられないのだな、不器用だから」と私が言うと家内も息子の嫁も孫も面白そうに笑った。私は「あの子は小さいころからああいう人間だから私は驚かないよ。あれがあの子のいいところなのだしね」というと、また、皆が楽しそうに笑った。息子が無事に車を移動して、傘を私に返しながら「折角傘を借りたのに濡れちゃった」と言ったので、またみんなが笑った。ひとの失敗を責めることなく、あるがままに受け入れる家族のぬくもりを感じて幸せだった。何もかも完璧な人間よりも、いっぱい失敗して、いっぱい笑う人間のほうが温かくて楽しいと思う。

息子家族と一緒に食事





 *左より私、孫の光、息子ジェイムズ・力夫婦。
  力一家と相撲茶屋にて。