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医は仁術

  私は昭和六年に東京都渋谷区で生まれ、翌年、区の赤ちゃん大会では、風邪をひいていたにもかかわらず二等賞をとった。兄が特にひ弱だったのだからなのか、余りにも
頑丈な私に父は「少しは人間らしく、風邪でもひきなさい」と言った。でも、高校の卒業式で十二年間
皆勤をもらったときには父は嬉しそうだった。しかし、年がたつにつれ、体の至るところに問題が出てきて、今では病気の総合商社になってしまった。ついには、平成九年に大腸がんの切除手術を受け、平成二十三年には心臓のバイパス手術を受けた。その結果、多くの医師や看護師と知り合い、そのなかには生涯の友と呼べる親しい人も多い。

  少し前のことだが、ある著名な医師にテレビ・レポーターが「健康に一番悪いことは何でしょうか?」と質問したとき、医師は「生きていることが一番悪いです」と答えた。物議をかもす答えだと思うが、含蓄のある答えだと思う。他の番組で何人かのゲスト出演者が「長生きしたければ病院へは行くな」と言った。これは前述の発言よりももっと過激でミスリーディングな発言だが、それなりに一理あるのだろう。

  知人からよく「良い医者と悪い医者はどうやって見分ければいいのですか」と尋ねられる。これは主観の問題だし、医者の発言や処置の仕方についての患者側の知識がまちまちなので簡単な答えは見つからないが、「熱っぽいのですが」と言うと、体温計で測って「平熱です。熱はありません」と言う医者には納得できない。「体温計では平熱ですが、患者が熱っぽく感じるということはどこかに熱源があるはずです。それを探るのが医師の仕事です」という医者は信用できる気がする。ある歯科医院に総入れ歯の老人が歯痛を訴えた。若い代診医が「お婆ちゃん、どこが痛みますか?」と尋ねると老人はテーブルの上に置いた自分の入れ歯のある部分を指さして「このあたりが痛むのです」と言った。若い代診医は笑いながら「お婆ちゃん、それは入れ歯じゃから痛まんのよ。お婆ちゃんの口の中のどこが痛むか教えてくれんと治療できんのよ」と言った。老人は「口の中は痛うないですよ。痛むのはここん所です」と言ってまたテーブルの上の入れ歯を指差した。すると、横の治療台で治療していた大先生が「わかったよ、お婆ちゃん。入れ歯のどの辺が痛いか教えてくれるかね」と言うと、老人は入れ歯を手にとって痛む部分を指で押さえながら、「このあたりのような気がします」と言った。大先生は入れ歯を老人の口の中にそっと入れて老人の反応を見ながら入れ歯を調整して、「お婆ちゃん、これでいいのと違うかね?」と言う。数回、調整を繰り返したあと、老人は「ありがとうございました。これで、今日はご飯がおいしく食べられます」とニコニコしながら病院をあとにした。どっちの歯科医がより優れた医師かは読者が判断してほしい。何についてもそうだが、本当のことを言いさえすればいいとばかりは言えない。相手の身になって訴えを聞く耳がなければ、どのような仕事もまっとうできない。おつゆを最後まで飲まないと怒る頑固なラーメン職人の話を聞いたことがあるが、マンガみたいで滑稽である。作った職人が最後までおつゆを飲んでほしいと思う気持ちはわかるが、それを人に押しつけるのは困ったものだ。おつゆを全部飲みたくない人は飲みたくないのであり、それ以上でもそれ以下でもない。

  宇部市に昔、名医がいた。診療所の庭にみごとなツツジのブッシがある、一昔前の木造の洋館だったと言えば、分かる人には分かるはずだ。昭和三十八年にアメリカから帰って来た年の夏に私はひどい夏バテで食欲もなく気力もなかった。三十分ほど私の話を聞き、診察したあとで先生は「クーラーをつけなさい」と言った。当時はまだクーラーは普及しておらず値段もはったが、言われるとおりに大型のクーラーを食堂兼居間につけてもらった。すると、一週間ほどで体調がかなり改善し、三週間目には子供とキャッチボールができるようになった。先生も大変喜んで下さり、「最初に診察した時、あなたの体は十年ほどは年をとっていたようで驚きました」と言った。つまり、北米の乾燥した気候に慣れていた私の体が日本の夏の湿度の高い環境に適応できず、肝臓を含む多臓器が正常に機能していなかったのが原因だったのである。先生は最小限の薬剤と最大減のカウンセリングで私を救ってくれたのである。しかし、先生の診療に対する保険の点数は余り上がらなかったと思う。先生の医術は「算術」でも「忍術」でもない「仁術」だったと思う。

  最近の話だが、知人が消化器系の病気で悩んでいることを知り、若いが広い視野を持った開業医を紹介してあげた。数日後、彼に出会ったときに様子を尋ねたら「あの先生は話が長いね。注射もしてくれんし、漢方薬をくれただけだった」と言った。私は二度と彼を診療所に連れて行かないことにした。歯科診療についても同じような例がたくさんある。悪い歯をさっさと抜いて治療すると名医になり、なるべく抜かずに時間をかけて根気よく治療する歯科医師は「ヤブ」を呼ばれる。良い医師、悪い医師がいるのと同じように、良い患者と悪い患者がいるのだ。

  数日前に知人と食事をした。「長生きしたければ病院に行くな」という話題が出た。彼は数人の親戚の人が「医者に殺された」と言った。検査や治療のために入院して、結局治療がうまくいかなかったのだということである。それをもって「医者に殺された」と言うことはいささか物騒な話だが、元気はつらつではないにしても、歩いて家を出て病院へ行った人が病院から帰って来る時には棺に入っているのを見ると「医者に殺された」と言いたくなるのも分からないでもないし、そう言う本人も医者を恨んでいるわけではないこともよく分かる。しかし、医者や病院に対する信頼心が薄いということも見てとれる。

  胸骨を切り開いて心臓バイパスの手術を受けたあとで、数か月間右の肩がひどく痛んだ。執刀医にその旨を話したが彼はそのような痛みを訴える患者が多いが、同じ原因で痛みが出るとは限らず原因が分からないと言った。「時が薬ですね。もう三カ月辛抱してください」と言った。三か月経っても痛みが消えないと「半年辛抱してください」と言った。家内が「先生、この間は三カ月待って下さいと言いましたよ」と言うと、先生は「そうでしたね。ごめんなさい」と言ったので私も家内も大笑いした。医学に全ての問題が解決できるという妄想を抱くことは間違いだと私は思う。どのような医師が信頼できるかと尋ねられたら、分からないことを分からないとはっきり言える医師だと私は断言する。