(4) 導尿カテーテル


  前にも述べたように平成二十三年の十一月に心臓のバイパス手術を受けた。カルテに「狭心症」と書いてあるが、私にはその内容がよく分からない。心臓病がなかったわけではない。何十年も前から、心電図の検査を受けるたびに「再検査が必要」というコメントが書いてあったし、時には不整脈や頻脈がおこり息苦しいこともあった。しかし、差し込むような心臓の痛みというようなものはついぞ経験したことがない。夏の暑さがいやに体にこたえたり、歩くとすぐ疲れたりしたが、「八十歳にもなればね」と言って、多くのことを年のせいにしてしまっていた。それでも、信頼できる医師に相談すると「そろそろ精密検査を受けておいたほうがいいですね」と言われ、放射性同位元素を使った検査や、カテーテルを動脈に挿入して検査をしてもらったところ、ステントでは処置できないので心臓バイパス手術を受けることを勧められた。

 結論を言うと、この手術は正解だった。胸骨を切っての手術なので術後の痛み等がともなうことは避けられない。肩から鎖骨にかけての痛みや、胸水による息苦しさは何カ月も続いた。しかし、一年近く経つと耐えられない苦痛もなく、息苦しさからも完全に解放されて、リスクを負いながらでも手術を受けたことはよかったと思うようになった。

 集中治療室で一晩過ごし、翌日、病室へ移動する前に導尿カテーテルを抜くことになった。他の病院でも何度か導尿カテーテルを使ったが、マニュアル通り、最低限のプライバシーを守るためにベッドの周囲のカーテンを閉めたが、この病院は実にオープンで、カーテンも閉めず、他の看護婦が見守るなかで年増の看護婦が「エイヤッ!」と引き抜くだけである。血の混じった尿が飛び散ったがタオルで拭って作業は完了した。私が残尿感を訴えると「ここにはトイレがないから、このタオルの上にしていいよ」と言って血尿のついたタオルをベッドの上に広げた。いくら何でもそれはないだろうと思い、採尿用のビンを持ってきてもらった。ベッドの端に座り採尿ビンにペニスを入れてみたが「衆人環視」の中で排尿することはそんなに容易なことではない。「暇がかかるから、その間背中を拭いてあげよう」と言って例の年増の看護婦が蒸しタオルで背中を拭こうとするので手を払って断った。

 この時、私は自分の心理状態の弁明 (apology)としてJohn Galsworthyの一節を思い出していた。私は彼の作品を暗唱できるほど英文学に通じているわけでもないし、Galsworthyに傾倒しているわけでもないのだが、大学一年の教養の英語でthe Forsyte Sagaを習ったことがあったし、高等学校で英語を教えた時に副読本で彼のCaravanの一節を使ったからよく覚えていた。「世の中には精神的冷凍装置を備えていて、神経系統をその中に保管できる人がいる。彼らは理性を感情の上に置いている、事実と決断の人間であり、イマジネーションを意のままに点けたり消したりできる。そういう人は例外なく成功して、立派な主教、裁判官、総理大臣、金貸し、将軍になれる」という部分は共感するところが多いので特によく覚えている。つまり、私は「大物」ではなく「小物」なのである。

  病室までは車椅子で数分しかかからないので、下半身を大きな紙おむつでくるみ、その上からパジャマのズボンをはけばいいと思ったが、紙おむつをつけたらふんどしを履かなければならないと年増の看護婦が言う。ふんどしは機能的で便利なものだが、昭和一桁のわれわれにとってそれはM検と大日本帝国陸軍を想像させる屈辱の象徴である。術後、数時間しか経過していない私にとって、息をはずませながらそれを説明することは至難の業で、看護婦の手をはらいのけるのがやっとだった。するとその年増の看護婦は「この人おかしいよ。今まではこんなことはなかったよ。錯乱しとるよ」とのたまう。実は、手術の前夜に麻酔医師が病室に来て、麻酔のリスクについての詳細な説明をしてくれていたので、麻酔からの覚醒後に術後譫妄(せんもう)( delirium )・意識混濁・幻覚・錯覚が起る可能性があることは承知していた。また、十数年前に大腸がんの切除手術を受けたとき、英語科専攻から麻酔学に転向した異色の麻酔医師から数夜にわたり懇切丁寧な説明を聞いていたので集中治療室で徐々に麻酔から覚醒していく過程で私はリンカーン大統領の “Fourscore and seven years ago, our Fathers brought forth on this continent …”で始まるゲティスバーグの演説や、King James Versionの中の “Our Father who art in heaven, Hallowed be Thy name…”という主の祈りを暗唱して記憶を確認していた。看護学の教科書には譫妄(せんもう)について「急激な精神運動興奮(カテーテルを引き抜くなど)や、大手術後の患者(術後譫妄)、アルツハイマー病等の患者にもみられる」とあるので、排尿を拒否し、ふんどしの着用を断る私の行動は異常行動( disorganization of behavior )に見えたに違いない。五、六人の看護婦らしい女性が好奇な目で私を見るので、持ち前のいたずら心が頭をもたげた。私は点滴の針を抑えているテープや包帯をいじってみせた。(点滴の針を抜いたり包帯を外したりすることは典型的な術後の異常行動とされている)すると、長机を私のベッドの足もとに持ってきて三人の若い看護婦らしい女性が監視を始めた。こうなると、私の悪戯(いたずら)佳境(かきょう)に入らざるを得ない。いかにも意味ありげに死角を作って包帯をいじる。彼女たちは立ち上がって別の角度から私を観察しようとする。気がつくと私のベッドの後ろに十数人の観客が垣を作っていた。その時、私の手術を執刀したI医師が通りかかって観客の一人に「どうかしたん?」と尋ねた。年増の看護婦が「錯乱状態です。ハイになっています」と答えた。I医師は人垣の後ろから私を一瞥すると、吐いて捨てるように「この人はこういう人よ。前と全然変わってないよ」と、いかにも面白くなさそうに言うとさっさとその場を後にした。次の瞬間、観衆はつまらなさそうに霧散(むさん)した。

 車いすで病室へ戻ると例の年増の看護師が無言で部屋に入って来て何も言わずに点滴の針を抑えているテープの上を包帯でぐるぐる巻きにした。それから、私の病室の係の若い看護婦に「アトバナね」と言って部屋を出た。酸素ボンベの調整をしていた看護婦に「早く行きなさい。あの看護婦さんがあんたに話があるんだろ?」と言うと驚いた顔をして振り返った。「きっと、私が錯乱状態になっていて、点滴の針を外したり暴れたりするかもしれないから注意して観察するように言うと思うよ」と言うと、若い看護婦は「なぜそんなことが分かるんですか?」というので、「その程度のことが分からずに半世紀もの間大学で教鞭がとれるとでも思っているのかい」と言いたかったが黙って笑っていた。横で家内が笑いをこらえていた。

イヒヒ!

             ウフフ!