(5)メイド・イン・ジャパン

 
戦後直後では海外向けの日本製品にはメイド・イン・オーキューパイド・ジャパン(占領下にある日本の製品)と書いてあった。間もなくオーキューパイドは消えてメイド・イン・ジャパンが世界中に出回った。安かろう、悪かろうのレッテルである。アメリカ留学中には毎週末に色々な家庭に招かれてホームステイをした。昭和三十二年頃なのでまだ日本人は珍しかったので、私が行くと近所の人が集まってパーティーになることが多かった。そんなある日、いつものように近所の奥さんが手料理を持って現れて、「あなたが日本からの留学生と聞いたのでお願いがあるのですが、これを修理していただけますか?」と言う。メイド・イン・ジャパンの電池で動く小型扇風機である。私は確かに日本人だが、扇風機を作ったのは私ではないので修理は出来ないと言うと、「そうだと思ったは。主人もそう言ってました」と言ってみんなで笑った。屈託のない、底抜けに明るい人たちである。

 昭和三十四年頃、ニューヨークのエンパイア・ステート・ビルに上った。八十六階の展望フロアまで直通のエレベーターで上がり、百二階まで行きたい人はそこから別のエレベーターに乗ることになる。展望フロアの売店ではコーラの値段が普通の五倍したのには驚いた。記念に何かを買うのならばアメリカ製のものを買いたいと思って探すが、殆どの土産物はメイド・イン・ジャパンだった。よく調べて結局エンパイア・ビルの模型を買ったが、大学の寮に持って帰って友人に見せていたら、彼が模型の内側に小さくメイド・イン・ジャパンと書いてあるのを見つけたのでがっかりした。

 百貨店で通信販売で長い歴史を持つシアーズでよく買い物をした。ペンキの刷毛やモップは安いものはたいてい日本製で、本棚のようなちょっと耐久性が大切なものは釘にいたるまでカナダ製だった。アメリカの友人が、「今、アメリカ製のものを見つけるのは至難の業だ。私の会社のバスもほとんどがカナダ製なんだよ。カナダで作って完成品を陸送出来るから便利なんだ。今、アメリカで作っているものはブリロー(金たわし)だけだよ」と言って自嘲気味に笑った。勿論、彼の発言は極端で、上質の靴や洋服や電気製品はアメリカ製だった。それはちょうど今日、日本で安価なものを買えば殆どが中国製であるのと同じ状況だった。品質が悪くても短期間使えさえすればいいものは「安かろう、悪かろう」で我慢するのである。

 最近、カタログ販売の広告を見ていると、よく「日本製」という文字が目につくようになった。良いもの志向の人には「日本製」というレッテルが威力を発揮するのである。少し前に渡米した時、英語教室の子供に何か小さくて良いお土産を買って帰ろうと思って文房具店に行った。店の人がかわいい猫のイラストのついた消しゴムを指差して「今、これが一番人気なんです。日本製ですから品質は保証します。よく消えるんです」と言って勧めてくれた。日本製のカメラの人気はずば抜けているが、時計も鞄も洋服も日本製品はアメリカ製品と堂々と肩を並べるか、時には一歩も二歩も先を行っている感じがする。五十年前には肩身の狭かったメイド・イン・ジャパンの時代と現在のメイド・イン・チャイナの時代を重ね合わせてみると歴史の流れがよく見える。 

Made in  China?