(6)ろくでもない話

 私の周囲にはろくでもない話をする人が多い。考えてみると、一番ろくでもない話をしているのは私のようだ。しかし、名士や有名人と会食したとか、一流ホテルの高級料理を食べたとかいう鼻持ちならぬ自慢話を延々と聞かされるより罪のない話で大笑いするほうが面白い。

 フィリピン基督教大学と関係があった頃はよくマニラのホテルに滞在した。私はタガログ語は数語しか分からないがフィリピンのテレビを見るのが好きだ。早口のアナウンサーが英語混じりのタガログ語で話す時、あの独特のアクセントが何ともユーモラスである。特に料理番組は実演があるので話の内容が大体想像できる。フライパンの真上のカメラからの映像を見せながら説明するのは面白いアイディアだと思う。ひょうきんな口調のタガログ語の間に「キッコマン」や「アジノモト」が聞こえると吹き出してしまう。コマーシャルに入ると仰々しい仕草でビンを開けて一飲みして「リポビタン」と言う。この国の人々は底抜けに明るく、機知に富んでいて楽しい。ある時、空港からホテルへ向かうチャーター・バスの日本語が滅法上手なガイドが、すれ違う車の群れを指差して「私たちフィリピン人は物を大切にしますから、車のタイヤはツルツルになるまで使います」と説明した。信号で停車すると周りに集まってくる物凄い数の物売りの子供たちを見て驚く乗客に「私たちは家族を大切にする民族です。大人も子供もみんな働いて家計を援けるのです」と言ってほほ笑んだ。

 マニラの大学や教会関係の人たちと夕食を共にすると一晩中笑いっぱなしになる。「私は日本語が話せます」と言って「サカタタハナニガシカ」と言ってみんなを笑わせる。意味の説明を受けたがもう忘れた。牧師の一人が面白い話をしてくれた。ある時、日本の商社マンを夕食に招待したフィリピン人のグループがその地方の名物料理をふるまうことになった。相談した結果、犬の肉を出すことになった。しかし、犬の肉はルソン島ではご馳走だが、日本の商社マンに言うときっと嫌がるだろうから「ジャーマン・ゴート」と言っておこうということになった。当日、食事が始まると商社マンがどのような反応をするかを全員がかたずをのんで見ていた。一口食べた商社マンに「いかがですか?」と尋ねると、「美味しいね」と言ったので皆は胸をなで下ろした。商社マンが「これは何の肉ですか?」と言うと、打ち合わせ通りに皆が声を合わせて「ジャーマン・ゴート」言ったので、商社マンが「アーソー」と言ったら「なぜバレタのだろう?!」と言って、全員が凍りついてしまったという話である。ここまで話すと一緒に食事をしていたフィリピンの友人たちは全員大笑いした。そして、実は「アソー」はタガログ語で「犬」の意味だと教えてくれた。

 ある日本人の知人は旅行が好きで、レンタカーを借りてヨーロッパ中を旅行した話をしてくれた。イタリアに行った時、ガソリン・スタンドで給油する時に格好をつけて「ガソリーノ」とイタリア語っぽい発音で言ってみたら、皆が大笑いしたので理由をきくとガソリーノは屁の意味だと教えてくれたそうだ。そこで、ガソリンはイタリア語では何と言うのかを尋ねたら「ガソリン」だと教えてくれたそうだ。どこまで本当の話なのかは分からないが典型的なろくでもない話である。

 マニラの牧師と一緒にマニラ郊外の農場に言った時、十五センチほどの長さの「オクラ」のようなものが()っているのを見つけた。何というものかを尋ねたら、「英語では何というのか知らないけれど、タガログ語ではオクラです。日本語では何ですか?」と尋ねるので、「日本語でもオクラです」と言って大笑いした。ちなみにオクラは英語でもオクラである。

 ある友人は京都は昔からフランスの影響を強く受けていると言う。話を聞いてみると「シモブクレ」と言って笑った。私は負けてはいられないので、「日本のお寺で修行をしたミッシェルというフランス人が母国に帰ってレストランを開いているのを知っているかい?」と言うと、彼が驚いた顔をするので「ボンサン・ミッシェル」(坊さんミッシェル)と言ってやった。およそくだらないやりとりである。

 ガソリーノの話と同じくらいつまらない、まゆつば物の話がある。フランスの田舎のはたご屋に泊った日本人が宿に帰って部屋に入ろうとして、入口の外の椅子に座っている宿の女主人に私の部屋のカギを下さいと丁寧にフランス語で言うのだがどうしても彼のフランス語が通じない。業を煮やした日本人の男が「カギヲクレ!」と日本語で言ったらすんなりカギをくれたのだそうだ。クレはフランス語でカギのことらしい。

 私が二十五歳の頃の話だが、ニューヨークのスラム街の子供たちにニューイングランドのキャンプ地でひと夏を過ごさせようというプロジェクトに二か月間参加した。その時、ベルギーから研修で来ていたアンという女性と仲良くなった。休みの時に湖のそばでフランス語なまりの英語と日本語なまりの英語でよく話し合った。アンの気を惹こうと思って、日本にいるときにラジオのフランス語講座で覚えたフランス語の歌を歌った。じっと聞いていたアンは、私の歌が終わると「それは何語の歌なの?」と言った。その時以来、私はフランス語が嫌いになった。私が「メルシー」とか「ガルソン」と言う度に発音を訂正するアンの「ノン、ノン、ノン・・・」が今でも耳に残っている。

 日本の新聞記者がサンフランシスコ湾の生き物の取材をしていた時に「オットセイ」と言っても通じないので「オットセイ」と「セイ」を強く言ったり、「オット」を強く言ったりしてもどれも通じなかったという話を聞いたことがある。もともと、オットセイは英語ではないのだからどこにアクセントを置いても通じないのである。「ブランコ」や「ランドセル」のようなカタカナ英語には気をつけなければならない。

 ある夏、私たちの英語教室で勉強している中学生をオーストラリアへ連れて行った。海岸で泳ぐとき、友美ちゃんという女の子が「三根先生の腹筋(ふっきん)はちゃんと割れてるわネ」と言った。それを聞いていた家内が、「友美ちゃん、腹筋(ふっきん)が割れているというのは縦に割れていることなのよ。三根先生のは横に筋が入っているでしょ。あれはただの三段腹なのよ」と教えていた。余計なことを言う人だと思ったが、納得もした。

 私は毎回のクラスの復習のプリントをその週のうちに受講者全員にメールで送ることにしている。そのため、授業中にやたらとノートをとる生徒が少なくなった。プリントには復習だけでなく次週の宿題も書いておく。おかげで、練習問題をコピーしないで済むので経済的にもたすかる。ある時、新しい受講者に私のやりかたを説明して、帰宅したら私に空メールを送ってくれるように頼んだ。彼女はこのシステムが今ひとつのみこめない様子だったが、帰る時に「先生。郵送しないで、次回のクラスに来るときに持って来てもいいでしょうか?」と言うので、「何を持って来るのですか?」と尋ねると、「キャラメルですけど」と言った。彼女は「空メール」を「キャラメル」と聞きちがえたようである。実にろくでもない話だが、目くじら立てて暮らすよりもこういう生き方が楽だし、楽しい。

 ペンシルバニア州のランカスター郡には「手の中の小鳥」「性交」「パラダイス」といった面白い地名がある。ある時、老紳士がハリスバーグへ行く途中にランカスター地方を通っている時、余り霧が深いので近くのモーテルで一晩を過ごすことにした。部屋に落ち着いた老紳士はさっそく家にいる奥さんに電話をした。「霧が深くて運転が出来ないからモーテルに一泊することにしたよ」と言うと、電話のむこうで奥さんが「あなた大丈夫?そして今どこにいるの?」と言う。老紳士が「パラダイスだよ」と言うと奥さんは「まあ、あなた私をおいて先に行っちゃったの?!」と言ったそうだ。これもまゆつばものの話だが面白い。

 ランカスター地方の日曜学校の先生は子供たちに聖書の話をするのに苦労するのだという笑い話を聞いたことがある。先生が「イエス様はどこで生まれたのでしょうね?」と聞くと誰も答えられなかった。先生が「ベツレヘムだったかしら?!」と言うと、子供たちは一斉に「それはないでしょう」と言ったそうだ。実はベツレヘムはそこの隣町の名前だったそうだ。



アソー!?