「封殺鬼+那智&銀狼」
霊能師 2004
当たらない予報ならいっそ止めてしまえと言うことか、気象庁が梅雨明け宣言をさぼるようになってから季節の境目は体感して知るか、自分で暦を確認しなければならなくなった。
からりとした空気と肌を焼く日差しに、夏の気配を感じ取り、うっとうしく湿りがちな梅雨が遠ざかったことを知る。
露の雨がうっと惜しいなどと言ったら、水不足の悩みが絶えない地元では大目玉だろうが、三吾の人生では東京で暮らした期間の方が長い。どこか他人事のように感じてしまうこともまた仕方がない事ではある。
かつても今も、神島が京都、秋川が奈良、御景は四国とその所在と役割分担は変わっていないが、昨今の日本の状況を鑑みるに、日本全土を移動することを考えるとどうしても東京を拠点にした方が動きやすい。だからこそ次期当主が本家の屋敷を留守にしている現状も黙認されている。
御景の次期当主でありながら「修行の一環」と称して占いの看板を白布をかけたテーブルの上に出していられるのもその流れの中でのことである。ただし、これが本当に「修行」でないことが明らかなのは、看板よりもテーブルに投げ出された厚底のブーツの方が目立つという事実だろう。
日本全国を飛び回る羽目になるのは人任せに出来ない性格と、ある大きな事件以来どこか落ち着かないこの国の状況だろう。
春は穏やかに暖かく、夏は汗が噴き出すほどに暑く、秋の風は冷たくて、冬は降るべきところに雪が降ってこそ、日本の国は安定する。
調和を保つために人は異変を感じ取り修正しようとする。だが、自然と離れ、人工的に強引に歪められた気の中にいると人のその力は弱くなっていく。異常を感じ取ってしまったら、苦しくなるのは自分。生きていけなくなるのも自分である。
(だからって、あれを見過ごすのはどうだろうな)
三吾は勤労意欲の無さをありありと示すために、テーブルの脚を載せ、パイプ椅子の背もたれに思い切り寄りかかり空を見上げる。
多少の交通規制もなんのその、本当に空気が綺麗な土地の空を知ってしまえば、東京の空が高く澄んだ青空などと言える日はまだ遠い。すっきりとしない空の色と、それの気配が相まって少々陰鬱な気分になってしまうものではあるが……。
性別も年齢も服装も様々な人が行き交う新宿でも、やはりその姿は異質だった。
着用しているのがスーツだから、その姿は一見するとどこかエリートサラリーマンのようだ。銀縁メガネが実によく似合った、キザに取り澄ました男。
だが、その肩に不思議なものを背負っていた。いや、この場所でなければ、それ背負っている道具そのものは日本に古来からある由緒正しき携帯式多用途布として十二分に価値のあるものだが。
大昔の漫画やコントで泥棒の姿を描いたものがあったが、あれは笑いの中だから許されるものであって、白昼の新宿で兄ちゃんが荷物を入れて背負っているものではないはずだ。
(どうすっかなぁ)
男の背負ったそれから中身がこぼれ落ちた。
見ないふりにも限度がある。三吾は諦めの溜息と共に大きく煙草の煙を吐き出す。
「お〜い、そこの風呂敷包みを背負った人! 中身、落ちてるぜ〜〜」
これだけ取りこぼせば、背中の荷物は相当軽くなっているはずだが、なぜに気がつかないのだろうか。
「こら、無視すんな!」
三吾の苛立った声が男を振り向かせた。
正面から見ればますます冷徹な、いかにも切れ者です!といった表情に、三吾は少しだけ口調を和らげる。
「落とし物」
アスファルトの上、転々と落ちているものを三吾が指さすと、男の視線はそれを追って自分が元来た方向へと伸ばされる。
「誰かが引っかかって転んで怪我でもしたら、俺はあんたの落とし物のせいだって、言わなきゃならないんでな」
男は最も足下に近いそれを再度確認し、三吾に視線を向けた。
「これは失礼した。ご忠告には感謝する。だが……」
これで着ているスーツが高級ブランドものなら嫌味だが、どうやらその辺の紳士服店で普通に購入できる吊しのセットもののようである。
「余計なことには首をつっこまないのが、ここのルールでね」
西口で悪目立ちしないためにはスーツは確かに無難だが、それなら真っ昼間に唐草模様の風呂敷もやめておいた方がいいなどいう事実だって指摘してはいけないのである。
「失礼」
男はフッと口元に不敵な笑いを浮かべて、足下に転がる落とし物を拾い上げようと腰を屈める。
アスファルトの上にマネキンの腕が転がっていたのではない。
そこにあるのは血に濡れた肘から先の左手。
だが、常人の目には見えない、重さすら感じることの出来ないもの。
だが、腕を拾おうとして、屈んだ男の風呂敷から、足がこぼれ落ちた。
男の動きが僅かに止まる。
男はいくつものパーツに分けた霊体を風呂敷包みに入れ背負っていた。
「ああ、もうっ! いいから、あんたはそこで風呂敷がとばねぇように押さえてろ!」
パーツを一つ拾えば一つ転がし、やっと包んで背負えばまたこぼす。見かねた三吾が、彼の荷物(ばらばら霊体)を、風呂敷に包んでやるのは、三〇分後のことである。
「申し訳ない」
男の名は黒木剛。日本屈指の体育会系霊能者・水月華厳の元弟子にして、日本一不器用な霊能者。
現在、己を破門した華厳への復讐の第一段階として、その息子水月那智を倒そうと日夜努力中。
なお、狙われている当の本人那智に言わせれば、『倒されるお前が悪い』としばかれるのが関の山で、父・華厳の打撃たり得ないとのことである。
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