5月30日(木)

昼間は半袖、早朝はトレーナーでも寒い。
 早朝生活・・・・・・・
 昨夜は熊本産の焼酎を一杯頂き、寝てしまった甲斐がありAM4時起床する。(正確にはは午前2時)朝焼けが見えなかったので、てっきり曇っていると思い、窓越しに日の出を眺めていみると、反射のまるでない美しく大きい太陽が出てきた。慌てて河原の方へ行ってみたが、やはり陽はすでに高く上がりはじめてしまった。せっかく日の出前に起きられたのに・・・残念だ。しかし今朝はひとときだが気ままな時間を楽しめた。缶コーヒーを買い、車の中から農家の人達の朝作りの様子を眺め、帰宅後ゆっくりと新聞を眺め、ほんの少しだが犬の散歩をし、犬小屋のまわりを掃除し、朝風呂に入り、現像が上がったFILMをスキャナーで取り整理、そしてみんなより早く仕事を始められた。・・・・・・・こんな日を少しでも多くしたいものだが、今晩はもう明日の月末日に備え僅かばかりの準備をしなければならないのだ。
5月26日(日)

浅間周辺・・・朝〜午前中はのどかで非常に良い天気。
 不気味な音・・・・・
 目覚まし時計を午前4時にセットした甲斐があり、部屋から朝焼けを眺めつつ朝日の昇るの確認して4時53分には出発できた。6時15分には二度上がり峠に到着し、朝の浅間山を眺めた。レンズ越しに雲の動きを確認していると、誰もいないはずの後ろの急斜面の山から「ガサガサ、ゴソゴソ」と、何かを踏みしめる不気味な物音が、しかも至近距離から聞こえてきた・・。よーく目を凝らしてみるが何も見えず、物音は私をうかがうかのように断続的に、歩いたり止まったり、しかもこちらに近づいてくるようだ。音の大きさからして「熊」「カモシカ」「ヒト」のいずれかのように思われた。いや間違いなく絶対にいずれかだ。音的には、「ヒト」が二本足で歩行し、私の様子を窺っているようにも思えたが、いくら覗いて見ても、その場所は「ヒト」が立って歩けるとは思えないほどの急斜面。しかも道などはない。そうすると残りは「熊」か「カモシカ」か?と、思った瞬間私の体はカメラと三脚はそのままにして車の中へ・・・・・車の中から暫く様子を窺っていたが物音だけは相変わらず続いている。私の思考はすでに「熊」か「カモシカ」。「ウサギではない」。「リスでもない」。「絶対にヒトなんかではない」。「まして空耳じゃない」・・・車が随分と通過するようになり、不気味な音が聞こえなくなるまで暫く時間がかかった。今でも非常に気になっています。
5月25日(土)

あまりにも五月晴れ。
 早朝型生活。
 最近何時に寝ようが、日の出と共に目が覚めるようになった。大抵はまた眠ってしまうのだが、新しい朝の始まりの瞬間を、寝ぼけまなこながら見るのは気持ちの悪い事ではない。5時間以上の睡眠時間を取っていればそのまま起きてしまうのに・・・・。そろそろ早朝型の生活を始めようと思う。
5月21日(火)

爽快な天気。夕焼けも綺麗だった。
 夢のまた夢。
 EAGLESの「I Can't Tell You Why」をLIVE-CDで聞いている。この哀愁のリードギターといい、切ないフレーズと歌詞といい、嗚呼WEST-COST(西海岸)だなぁ。若かりしあの頃は、この曲を聴きながら、カマロのコンバーチブルで海岸縁を走るのが夢の一つだったっけ。フェアレディのT-BARでは今ひとつ風の切り方がWEST-COSTを感じられなかったし・・・・。夢はまた夢で、その時の思いだけはは今も忘れられず、音楽だけは楽しんでいる。そう言えば昨日(月曜日)の昼間のTBSラジヲでは、演歌でないHall&Oatesの特集をやっていたっけ。「Every Time You Go Away 」「Kiss On My List 」など選曲も私好みで「RICH GIRL」までも紹介していた。ラジヲのリスナーも作り手も変わったもんだなぁ。
5月19日(日)

浅間山周辺・・・朝は実に見事な快晴。昼頃から小雨模様。
 魚止めの滝に落ちるとは思わなかった・・・・・。
 今朝初めて魚止めの滝に落ちた。AM5時少し前、睡眠時間3時間にもかかわらず起きだし、AM6時50分頃だろうか、二度上がり峠より雄大な浅間山を望み、そして魚止めの滝へ来てみた。そして滝に落ちた。膝から下と右腕はびしょ濡れとなり、我ながら久々に忘れられない想い出となった。今朝の山は新緑が途轍もなく美しく、昨日教わったばかりの水辺の写り込みを滝の中に見つけ、近くまで確認に行ったのが間違いだった。写り込みに見えたのはただの水苔であり、何とそれに足を滑らせ見事に水の中へ・・・。滝へ行くには最低タオルと若干の着替えが必要なことを体験させられた。しかし、静かな山の中で至福のひとときを過ごし、かけがえのない貴重な時間を過ごした。
5月17日(金)

雨。かなり降ったか?
   難  題・・・・・・・。
 困難な事が次から次へとやってくるのは、生きている証だろうか。それともさまざまな事を困難と感じる自分がまだまだ弱いからだろうか?
 困難それはまさしく難題である。
5月15日(水)

薄曇り。でも暑かった。
 (Oo-Oo,Aah-Ah)、Precious moments・・・・・・
 「Atlantic Starr」と、嗚呼何と懐かしい「The Three Degrees」のBESTアルバムをようやく手に入れてしまった。「Atlantic Starr」の「Always」という曲はここ1ヶ月ぐらい頭からこびりついて離れなかった曲だった。
いわゆる70年代のSOUL-MUSICのLOVEバラ−ドを1987年になっても、ほとんど継承していた音楽で、私の本当に大好きな音楽の系列なのだ。 

そして70年代中頃の(私が15〜17歳頃か)「The Three Degrees」は私にとっては、娘の年齢よりも若く多感な頃の、ほのかな、ほのかな想い出の詰まったアルバムなのだ。時々は傷だらけのレコードを出して隠れるように聴いていたのだが、ついにBEST-CDを発売してくれたのだ。(感謝、謝謝?)
 だから現在のBGMは絶対にコレ、4回転目である。
 When Will I See You Again (天使のささやき)
 T.S.O.P (ソウル・トレインのテーマ)
 Dirty Ol' Man (荒野のならず者)
 Love Is The Message (愛はメッセージ)
 Year of Decision (幸せの季節)

 嗚呼なんて優しい音楽と歌声なんだろう
  (Oo-Oo,Aah-Ah)、Precious moments(貴重な時よ?)か・・・・・・
5月12日(日)

爽快。五月晴れ。
  「やれなかったのか?」「やらなかったのか?」・・寄居町長津久井さん
 本日のスピーチの中で、一番私の心に残った言葉である。言っていることは単純明快だが、その言葉の本当の意味は実は奥が深そうで何だかよく分からない。あいだみつお先生の詞らしいが、何かの事情があり「やれなかったのか」それとも、分かっていながら「やらなかったのか」。・・どちらにしろ物事が出来ないという同じ結果なら、原因はいずれでしかないはず。よって解決する方法はたったひとつしかないはず。このようなことだろうか?非常に難しい言葉である。
 祝宴まで1時間半ぐらい時間が開いたので、睡眠不足を補おうと近くの公園で昼寝をと思い車で移動した。日曜午後5時の運動公園の駐車場は、車がほとんどなく1匹の猫がのんびりと、我が物顔で駐車場の真ん中に座っていた。2時間の式典で後列とはいえ、壇上で居眠り状態の私は、何となく自己嫌悪を感じながら少し不快な浅い眠りについた。10数分経っただろうか、近くで聞こえた奇声にビックリし目覚め、恐る恐る車の窓から覗いてみると、車椅子に寝るように乗った5歳くらい?の子供とその母親らしき人。そして車椅子の周りには5匹の猫が・・・・・・。何処にでもいそうな母親が、何らかの障害を持った子供を連れ、あの時間に猫に餌をあげている。子供は多分それを喜んで奇声を上げたのだ。
 悪いと思いながらも子供と母親の姿を横目で、しかも至近距離で見入ってしまった。そして頭の中を瞬時に駆け巡る想像。「あの子供の家庭は」「家族は」「もっと暖かい時間に散歩を」「駐車場の片隅でなく芝生の方へ」「母親の姑は」「母親の親は」「施設」「一生」「子供の将来」「母親の将来」「しあわせ」「幸福とは」「猫は待っていたのか」「猫を待っていたのか」「社会福祉協議会」「日本領事館へ駆け込んだ北朝鮮の女性と幼子」「勇気」「日常」「毎日」そして・・「やれなかったのか?やらなかったのか」・・・・・
 約束の5時30分が近くなり駐車場を後にした。そして何故か不思議と勇気が湧いてきた。
5月11日(土)

曇り一時雨で、過ごしやすい天気。
 25年経っても変わらない。・・・・・
 午後からS楽印刷機材フェアの開催されている高崎の問屋町へ出掛けた。学生時代の同級生S楽氏と1時に待ち合わせ一緒に昼飯を食べた。S楽氏は学生時代と全く変わらず、弁当のおかずに焼きそばを注文した。25年経っても変わらないものなんだなぁ。
5月5日(日)〜
5月10日(金)
 2月から4月までよく続いたなぁ。3日坊主にならず、3ヶ月坊主と言うことで・・・・私的には大満足しています。
しかしたった1年間の四分の一だが、季節は冬から春、そして初夏と確実に変わったのです。私が好きになった紫陽花が咲くのももうすぐです。
   何故かBGMはTOTOの「AFRICA」です。
  Flower Photo Gallrey 第二章
この季節にさまざまな、しかも私には名前さえ知らない多くの花々が、私の知らないところで咲き乱れているのでしょう。新しく買い求めた少し大き過ぎるトレッキングシューズを履いて早く出掛けたいものです。
5月4日(土)

浅間山付近は、すがすがしい気候。

   そこには人生にも通じるドラマがある・・・・・・
 まず人が4人いなければならない。
 四角形の台座と専用の道具を用意しなければならない。
 プレー中は日本語とは発音の違う専門用語を用いなければならない
 四人が一定の時間を共有し、さまざまな会話が生まれる。
対戦中はどんな人でも人間性が現れてしまう。(そこにヒト対モノでなく、人対人という楽しみが生まれる)
 運と実力が程よく配合されているゲームである。
しかし、大抵は運が大きく勝敗を分ける。(不思議?非科学的だが自分の行動一つで大きく運が変ってしまう。)
 「LUCKY」・・・ついている時は大いに自信を持って、どんどん進まなければならない。
 「UNLUCKY」・・・いていない時は何をやっても駄目で、例え自分にいい手が来ても、より慎重にならなければならない。(自分に流れが来たのを慎重に見極め、如何につきを維持するかがポイントである)
 ゲームとして非常に複雑であるが、もちろんだが自分が上がれば単純に嬉しいし面白い。しかし、負けてもなぜか満足感がある。(自分の納得する手順が出来ればであるが。)・・・・・そこには人生にも通じるドラマがあるのだ。

5月3日(金)

戸隠村付近、良い天気。
 初めての長野県戸隠村・・・・・・
 AM2時15分出発→美里のセブンイレブン(夜食・飲み物を買う)→関越自動車道本庄IC→(K林氏の少し乱暴な運転)上越道→(軽井沢IC手前より渋滞)→東部湯の丸SA.?(K林氏〜M木氏に運転変わる)→長野IC戸隠バードライン(まるで鳥籠みたいな道路に感激する)→戸隠村(AM5時?位か)→戸隠村鏡池到着
 名前の通り早朝の鏡池には雪の残る戸隠山が水面に映っており絶景。機会があったら是非また訪れてみたい場所。
 多分AM6時45分?位か(M木氏〜私に運転交替)→戸隠村森林植物園(ミズバショウ園を探すが見つからず一睡もしていない私は頭がフラフラ)→戸隠神社奥社参道入口(ここから奥社まで1.9q(往復約4q)もあり参拝は断念。是非今度は訪れたい)→ミズバショウ園(ミズバショウを初めて見ました。森の中の湿地に白く可憐に咲き始めていました。しかし望遠レンズでよーく覗くと、これも自然の仕業かドロで葉が汚れていたり、葉が霜で茶色くなっていたり本当に綺麗なミズバショウを探すのは困難でした)→AM9時位?朝食に蕎麦を食おうと探すが朝早くて蕎麦屋も蕎麦打ち支度中。営業中の蕎麦屋(中社近くのドライブイン的な大きな店だが、ざるとろろが旨かった。土産に善光寺で売っている唐辛子を買う)→長野市の善光寺(ここを訪れるのは10年ぶり位か?その時買い求めた八幡屋?の唐辛子の入れ物はいまだに我が家の食卓で大活躍している。相変わらず眠い私は小陰でひと休み。)→長野IC(意味もないのに間もなく大渋滞)→千曲川さかきPA(私〜A氏に運転交替)上田菅平IC?セブンイレブン(軽い昼食を買う)→真田町鳥居峠妻恋バラキ湖湖畔の湯(一人500円の入浴料)→北軽井沢PM3時30分頃?か・・・・・。とにかく長い長い長ーい一日の目的地へ辿り着いたのである。
5月2日(木)

多分よい天気。
5月1日(水)

多分爽快な晴れ。?私の心は曇りのち雨。
 お見舞い・・・・・・
 友人の見舞に行った。どんな状況で誰の見舞であろうと、見舞は多かれ少なかれ人が病んでいる姿を直視させられるので、あまり好きな方ではない。特にお見舞いで交わす言葉には、当たり前だが病状の回復具合と励ましの言葉そして体験記。誰もがそうだろうが得意ではない。幸い友人は思いのほか元気で一階まで見送りにも来てくれた。早く全快し一緒に大笑いできる時を迎えたい。こちらとしてもお見舞いの言葉より、恥ずかしながら緊張し述べるお祝いの言葉の方がどんなに良いものだろう。・・・・・・五月の頁が出来ません。