75 神の現実的存在には三つ、すなわち実体とエネルゲイアおよび神の三位一体の諸ヒュポスタシスとがある。また、神と一つに結ばれて、神と一つの霊になるのに相応しいと認められた人たちが――このことは、偉大なパウロも、「主に依りすがる者は、主と一つの霊になる(1 Co 6.17)」と言っていた通りである――、(神の)実体において一つに結ばれるのではないことは、上に示されたところである。また、すべての神学者たちも、神は、実体において分有されざるおん方であると言って、(そのことを)証言している。さらに、ヒュポスタシスにおける一致は、後にも先にもただ神人たるみ言葉だけに当てはまる。してみると、神と一つに結ばれるに相応しいと認められた人たちは、エネルゲイアにおいて一つに結ばれることになる。また、神に依りすがる人が、それにおいて神と一つ(の霊)になるところのその霊は、(聖)霊の造られざるエネルゲイアであり、またそう呼ばれることになるのであって、神の実体なのではない。たとえ、バルラアムとアキンデュノスとが機嫌を損ねても、である。たしかに神は、預言者を通して、わたしの霊ではなく、「わたしの霊から信じる者たちに注ぎ出す(Jl 3.1)」と、前もって言われているのである。

 

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