106 オリゲネス:したがって、私たちの救い主であり神である独り子は、養子採用によってでなく本性によってただ一人、神から生まれた方である。しかし彼は、意思が精神から生まれるように、御父の精神そのものから生まれた。実際、神的な本性、すなわち、生まれざる御父の本性は、分かたれざるものである。したがって我々は、彼の実体の分割や切断によって御子が生み出されたと考えるべきでない。しかし神については、次のことが言われなければならない:精神あるいは心や知解が、非破壊的なまま存続しつつ、意思の萌芽を表明すると、神はみ言葉の父になった;そして、み言葉は御父の懐の中に安らっており、「誰も一度も見たことのない神」を告げ[1]、彼一人を除いて誰も覚知したことのない御父を[2]、天的な御父が彼の許に引き寄せた者たち啓示した[3]



[1] Cf.Jn.1,9.

[2] Cf.Mt.11,27.

[3] Cf.Jn.6,44.

 

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