この次にケルソスは、どのような動機に駆られてか私にはわからないが、「キリスト者たちは、何らかの悪霊どもの名と降神術によって力を得ているように見える」と言っている。私が思うに、彼は、悪霊どもを打ち払う人たちのことを暗に示しているのだろう。しかし彼は明らかに、み言葉を中傷しているように見える。キリスト者たちは、降神術によって力を得ているのでではなく、イエスについての数々の物語の朗読に伴う彼のみ名によって力を得ているのである[1]。実際、これらの物語は、特に健全な心構えと真の信仰を持つ人々によって朗読された場合には、人々から悪霊どもをしばしば引き離したのである。しかもイエスのみ名は悪霊どもに対して大きな力を持っているので、悪人どもによって唱えられても、効果を発揮することもあるのである。イエスは、このことを教えて、次のように言っている。「多くの人たちが、かの(裁きの)日に私に言うであろう。『私たちはあなたの名によって悪霊どもを追い出し、数々の力ある業を行いました』と[2]」。ケルソスがこの言葉を意図的に無視して悪心を起こしたのか、それともその言葉を知らなかったのか、私にはわからない。続けて彼は、救い主にも非難を浴びせている。「彼が行ったように見える不思議な業の数々は、魔術によってできるのだ。そして彼は、同じ事柄に精通している他の人たちも同じことを行って、それを神の力によって行っているのだと言って横柄な態度をとることを見越して、彼らをご自分の国から追放したのである」と[3]。そして彼は、イエスを次のように批判する。「もしも彼が正当に彼らを追放したのであれば、彼自身もまた、彼らと同罪であり、卑劣な男である。もしも彼がそれらのことを行うほど卑劣でないとすれば、彼と同じことを行う者たちも卑劣ではないだろう」と。しかしながらこれに反して、イエスがどのようにしてそれらのことを行ったかということに関しては証明不可能であるように思えても、キリスト者たちは、いかなる呪文も行使してはおらず、むしろ、神の書に従って信じられている他の諸々の言葉とともにイエスのみ名を使っているのは明らかである。



[1] イエスの名による悪魔払いは、初めからある。Cf.Lc.10,17, Mc.9,38, Ac.16,18 etc. なお、イエスについての数々の物語とは、信教か受難録のことが考えられているのであろう。Cf.Justin, Dial.85,2; 30,3; Apol.II,6,6.

[2] Mt.7,22.

[3] 「ご自分の国(politei,a)からの追放」という文言は、プラトンがホメロスやその他の詩人たちを自分の理想国から追放したことを暗示しているのかもしれない。

 

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