肉を生のまま食べてはならない

15  他方、(過越の祭りに関する)指令は、その肉を生で食べることを禁じています。ところで、この指令を身体的な意味で理解するなら、何の論拠もありえないでしょう。そのように理解すると、神は、そもそもありえないことを禁止なさったことになるのであります。実際、生で(肉を)食べる人など誰もいないでありましょう。ところが私たちにもとでは、神的なおん体の拝領に無為に向かわないようにすることには、とても大きな論拠があります。つまり、ご聖体を粗末に扱い、数々の善い業によってご聖体との融合を目指そうとしない者たちには、ご聖体は分け与えられと定められているのであります。「数々の業の伴わない信仰は死んだも同然である[1]」と言われています。それゆえ、パウロが述べておりますように、怠惰な者たちには、「(彼らの)利益のために[2]」、彼らがご聖体の聖性に与るようになるために、数々の苦悩が加えられるのであります。



[1] Jc.2,26.

[2] 1 Co.12,7.