解釈の方法

5  ですからこのように、パスカについての話題の全体は、霊的に考察されねばならず、数々の使徒的な解釈にしたがって[1]信じられねばならないのであります。そして信者(のみなさん)は、あの素描の全体が真理に対してどのような関係を有しているかに思いを馳せて、こう申してよければ、いわば自分自身にかかわる数々の霊的な事柄を、あの数々の身体的な事柄を通して、考察なさるようにしてください。そうすれば信者(のみなさま)は、まさに律法のすべての事柄をキリストに即して理解して我がものとすることになるでありましょう。また、身体的なものは、霊的なものを通していっそう明瞭になり、目に見えないものは、目に見える数々のものの中に描き出された絵画のように、明らかにされるでありましょう[2]



[1] 特に使徒パウロの解釈に従って、ということ。パウロは、「わたしたちのパスカ、キリストは屠られたのです」と言っている(I Cor.5,7)

[2] ユダヤ人のパスカは、キリスト教のパスカに歴史的で物質的な基礎を与え、キリスト教のパスカは、ユダヤ人のパスカに霊的な実在を与える。