いかなる仕事もしてはならない

18  そして律法は、これらの聖なる日々が仕事を免除されるべきだと主張しております。こう言われています。「お前たちはそれらの日に、一切の仕事をしてはならない[1]」。ここでは、魂が、地上の数々の仕事にかかずらって憔悴したり、神への奉仕と両立しえない奉仕に服したりせず、ただ魂にとって利益となることだけを急いで行ない、そしてそれことに向かって熱心に努力すべきことが明示されているのであります。さらに、「ただしすべての魂のためにしなければならないこと、これだけはお前たちのためになされなければならない[2]」という言葉も、このことの象徴となっております。こういうわけで主は、律法の休業規定が、虚しいもののためになされる仕事の免除を与えるものであって、魂の利益につながる仕事の免除を与えるものではないという解釈へ導こうとして、ファリサイ派の人たちに次のような質問をお立てになったのであります。「安息日に許されているのは、善を行なうことか、それとも悪を行なうことか、あるいは、魂を救うことか、それとも魂を滅ぼすことか[3]」と。



[1] Ex.12,16.

[2] Ibid.

[3] Lc.6,9.