6
神殿のなかでの誕生と生活
こうして神のおん母が、約束に基づいてお生れになりました。なぜなら、生まれるべきおん母のご懐妊は、天使によって告げられていたからであります。たしかに、唯一であり本当に完全である神さまを、肉においてご出産なさるおん方が、ご自身のこの(ご懐妊の)点においても、だれかに劣っていたり、二番手に甘んじていたりすることはふさわしいことではなかったのです。やがてかのじょは、神さまの神聖なる神殿に奉献されました[1]。そしてかのじょはそこで生活し、他のひとたちに優ってより清らな熱意と暮しぶりとを示し、愚かな男女との交際をすべて絶っておられました。しかしかのじょが年頃を迎えると、律法の規定によって神殿のなかに留まることができませんので、かのじょは、祭司たちの一団の面前で、ある花婿に、すなわち、乙女の保護者[2]であるヨセフの手に委ねられたのです。かれは他のひとたちと比べてみますと、壮年に達するまでこのかた、律法を一点も揺るがすことなく忠実に守っておりました。あの神聖でまったく非の打ちどころのない少女は、この男の許で暮らし、さまざまの家事に勤しんだのであります。かのじょが、家の外で起こる市井の事柄に気を向けることはつゆとしてありませんでした。
[1]
聖母マリアの神殿への奉献は、東方では、五世紀以来祝われてきた。それを初めて報告したのは、二世紀前半に溯りうる『ヤコブの原福音』(Protoeuangelium
Jacobi)と呼ばれる文書である。ビザンチン典礼は、至聖所に入ったマリアの奉献を強調する。なぜならマリアは、神の至聖所となったからである。西方にこの祝日が導入されたのは、十五世紀の終わりにごろである。
[2]
fu,lax
th/j parqeni,aj