マリアの誕生3
今日、不毛の扉が開かれ、神的な乙女の扉が前へと進み出るのです[1]。曰く言いようのない事柄を聞き分けるパウロによりますと、すべての存在者を超えておられる神さまは、やがてこの扉から、そしてこの扉をとおして、「この地上に[2]」「身体的に[3]」入ってこられます。今日、エッサイの根から、若枝が芽生えました。やがてその若枝から、神のヒュポスタシスを有する花[4]が、宇宙に萌え出でるであります[5]。
かつて、あのとき、水を分けて大空を固め、それをはるか上方に上げられた[6]神さまは、今日、土の本性から天を造り、それを地上にお備えになりました。しかも本当にこの天は、あの大空よりもはるかに神的で、逆説的なものだったのであります。なぜかと申しますと、あの大空のなかに太陽を設けたおん方(ご自身)が、土の本性から義の太陽として立ち昇られたからであります。たといアケファロス派の輩が狂ったように吠え猛ろうとも、(このおん方は)二つの本性(をお持ちであり)、また、たといネストリオス派の者たちが怒鳴り込んでこようとも、ヒュポスタシスは一つなのであります。たしかに、永遠の光が 永遠の光から代に先立つ永遠の存在を受けた永遠の光、非物質的で非物体的な光が、この土の本性から身体をお受けになられます。そして、花婿が婚姻の寝屋から出てくるように、そのおん方は神でありながら、なおその上に、地上に生をお受けになられたのであります。やがてそのおん方は、あたかも巨人ごとくに喜び勇み、わたくしたちの本性の道を意気揚々と走り抜け、かずかずの苦難をかいくぐりながら、死へと向かって歩みを進めていくでありましょう。そして力ある者を縛り上げ、かれのかずかずの家財道具[7]、すなわち、わたくしたちの本性を奪い取り、迷える羊を天上の地へと導き上るでありましょう[8]。
[1]
Ez.44,2-3.
[2]
He.1,6.
[3]
Col.2,9.
[4]
a;nqoj
qeou?po,staton
[5]
Is.11,1.
[6]
Cf.Gn.1,6-8.
[7]
Cf.Mt.12,29.
[8]
Cf.Mt.18,12.