朱門岩夫

初期キリスト教の声(その2)

1998年10月18日某公的機関紙に掲載

最終更新日19/01/30


 

 今回もオリゲネスをご紹介いたします。オリゲネスは一八五年頃アレクサンドリアに生まれ、ローマ皇帝デキウス帝の迫害の時(二四九年)に被った拷問がもとで、二五一年にカイサリアあるいはツロでなくなったと伝えられております。オリゲネスは、公会議によるキリスト教信仰の明確化以前に、キリスト教信仰が内包する教理上の諸問題を方法的に仮説の形で明らかにしようとした古代キリスト教最大の思想家、そして偉大な説教者でした。しかし彼の評価は既に生前から二つに分かれ、結局彼は、五五三年の第五回公会議(第二コンスタンティノープル公会議)によって排斥されてしまいました。彼が異端視された原因は、彼が教義の未確定の時代にキリストに囚われていたこと、これでした。最近ようやく彼の思考方法と真意とが周知され、カトリック教会は、彼を「司祭オリゲネス」と呼ぶまでになりました。以下にご紹介いたしますのは、ヒエロニムスのラテン語訳によって伝えられた『エゼキエル書講話』の一節でございます。この一節は、この上なく感動的であると共に、問題作かと存じますが、彼は、おん父とおん子を神性を一にする二つのペルソナとして正しく捉えていたのです。この箇所を本格的に研究したのは、実は、わたくしだけでした。末筆ですが、北森嘉蔵博士の『神の痛みの神学』(講談社学術文庫)とリチャード・コート神父の『笑いの神学』(聖母文庫)を合わせてお読みいただくと、神の内的生命の神秘に宿る二律背反がよく了解できるかと存じます。

 

 「私は、お前のために何らかの苦しみを覚えた(エゼ一六・五)」。――(中略)――私は人間の中から例を取って、それから聖霊が許してくださるなら、イエス・キリストに、そしておん父なる神に移っていくことにいたしましょう。私が何らかのことである人と話をし、私を憐れんで下さるようようその人にお願いするとき、もしもその人に憐れみの心がなければ、その人は、私によって語られたことで苦しむことはまったくないでしょう。しかしもしもその人の魂が柔和で、いささかも無慈悲な心で頑なになっていなければ、その人は、私に耳を傾け、私を憐れみ、私の哀願のゆえに腸(はらわた)を痛めることでしょう。どうか救い主についても、何かしらこれと同じようなことをご理解ください。救い主は、私たちの肉を取るのをよしとして十字架を苦しむ前に、人類を憐れまれ、それから地上に下り、私たちの数々の苦しみを忍ばれたのです。実際、救い主が苦しまれなかったとすれば、人間の生命の交わりにお入りになることはなかったでしょう。救い主は、先ず苦しまれ、それからお下りになり、人に見られるようになったのです。救い主が私たちのために苦しまれたその苦しみとは何でしょうか。それは愛の苦しみです。宇宙万物の神であるおん父ご自身もまた、「寛大で憐れみ深いお方(詩一〇二・八)」、憐れみの主ですから、ある意味で苦しまれるのではないでしょうか。それともあなたは、おん父なる神が人間に関する事柄を配慮なさるとき、人間の苦しみを苦しむのをご存じないのですか。「あなたの神である主は、人間が自分の子を荷うように、あなたの苦悩を荷われたのです(申一・三一」。ですから神は、神のおん子が私たちの数々の苦しみを荷うように、私たちの「苦悩を荷われた」のです。おん父ご自身、苦しまれない方ではございません。おん父なる神は、もしも哀願されれば、憐れみを覚え、共に痛み苦しみ、愛の幾ばくかを苦しみ、その本性の偉大さに比べれば本来有り得ない状況の中に身を置かれ、私たちのために人間の苦しみを忍ばれるのです。