「(第四の)月の第五の日。これは、ヨアキン王が捕囚になってから、第五年のことだった[1]」。エゼキエルが三十歳のとき、そしてヨアキンの捕囚の第五年に、預言者がユダヤ人たちの許に遣わされました。 ( いつく ) しみ ( きわ ) まりないおん父(なる神)は、(ご自分の)民を蔑まず、助言のないままに長い間放置するようなことをなさいませんでした[2]。それは第五の年でした。どれくらいの時間がたったのでしょうか。(ユダヤの人々が)捕囚の下に隷属してから、五年の歳月が流れました。(そのとき)直ちに聖霊が降り、もろもろの天を開きました。そして捕囚のくびきに打ちひしがれた人々は、預言者が見たものを見ました。実際、預言者は言っております。「そしてもろもろの天が開かれた[3]」と。ある意味で、(捕囚のくびきの下にある)彼らも、預言者が他ならぬ肉の目で見たものを、心の目で見たのです。



[1] Ez.1,2.

[2] 省略

[3] Ez.1,1.

 

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