「お前は、あらゆる宝石、すなわち、紅玉髄、柘榴石、サファイア、ヒヤシンス、緑柱石、碧玉」、その他の十二の石を身に着けていた[1]、とあります。この個所の説明は、難しく、私たちの力も本性も超えています。いったい誰が、これら一つひとつの石の性質を説明し、その石の色や特色を描写して、なぜこれらの石が取り上げられたか、その理由を見出すことができるでしょうか。しかしながら、たとえ私たちが、すべてを理解できるような人間ではなくても、どのようにしてティルスの支配者がこれら12個の石を身に着けたのか、わずかばかりのことは理解できるでしょう。聖書の研究に関心がある人――私たちはしばしば青年たちをこの研究をするように奨励しますが、どうも成功いたしません。というのも、私たちは、彼らの内の何人かを、聖書の研究に取り掛かるように導くことができないからです――が、聖書の中にこれら12個の石その他を探求するならば、その人は、『黙示録』の中に、同じ仕方で、そして同じ順序で、これらの石の名が挙げられているのを見出すでしょう[2]。前者で最初に置かれていた石は、後者でも最初に置かれています。前者で二番目に置かれていた石は、後者でも二番目に置かれています。三番目の石、四番目の石、そして12番目の石に至るまで、同じ順序が守られています。なぜ、そして何に関して、それらの石の名は、『黙示録』の中に挙げられているのでしょうか。たしかにそれらの石の名は、「天のエルサレムの門」に関して言われています[3]。そこでは、次のように言われています。第一の門は、黄玉。第二の門は、緑柱石。第三の門は、柘榴石。第四の石は、サファイア。このように一つひとつの門に、一つひとつの石が割り当てられています。もしもあなたがエルサレムのもろもろの門、シオンの娘の諸々の門を理解したならば――あなたはそこで、神に賛歌を歌わねばなりません。なぜなら「私は、シオンの娘の諸々の門であなたへのすべての賛歌を歌う」と言われているからです――、またもしもあなたが、どのようにしてある人が12個の石を身に着けて、エルサレムに入ったか、またどのようにして他の諸々の門と通って入ったかを見るならば、あなたは、12人の乙女を見るでしょう。天使が痛悔を教えている『ヘルマスの牧者[4]』の中では、12人の乙女には、信仰、純潔などのそれぞれの名前が与えられています。実際あなたは、望むなら、読むことができるでしょう。次に、塔が建設される場合には、あなたは、乙女の剛毅さを身に帯びて、諸々の門について言われているものを同じく受け取ることでしょう。なぜなら一つひとつの徳は、あなたにとっては装飾だからです。こうして(聖なる人たちは)キリストの土台の上に、金や銀ばかりでなく、諸々の宝石を積み重ねていくのです。しかし木や干し草や麦わらを積み重ねることは禁じられています[5]。ですから12個の石は、(私たちの)内にあるのです。



[1] Cf.Ez.28,13.

[2] Cf.Ap.21,10s.

[3] Cf.He.12,22.

[4] Cf.Herm.Past.Sim.IX,15.

[5] Cf.1Co.3,10s.

 

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