さらに私たちは、テュロスとシドンとファラオについて話すように命じられています。しかし時間も残り少なくなってまいりましたので、私が始めたことをもっと立ち入って述べることはできません。そこで、これから語ろうと思うものを、注釈の流儀で簡単に言及しなければなりません。狩人たちと解釈されるシドンに対して、脅威が存在します。ところで「われらの魂は、雀のように、狩人たちのわなから引き離された[1]」とあります。あなたがこの個所をヘブライ語で読めば、「シドン人たちの罠から」とあるのに気づくでしょう。ですから、狩人たちとはシドン人たちのことで[2]、彼らに対する脅威とは、あなたの故に起こされたのです。なぜなら、彼らは、あなたを捕まえようと望み、あなたをどのようにして信仰からもぎ取ったらよいか、どのようにして聖書の聴従者たちを教会から引き離したらよいか、どのようにしてユダヤの地からシドンの地に移したらよいかを慎重に思い巡らしているからです。しかしあなたは、万全の注意を払ってあなたの心を守りなさい[3]。そして狩人たちに対する脅威は、あなたのために生じたことを知るべきです。ところで私は、ファラオについて、いくらか言及したとき、彼は、「諸々の川のまん中に座っている竜で」、「諸々の川は私のものである、そして私はそれらの川を造った[4]」と言っていると述べました。私は、諸々の川に違いがあることを知っています。そして竜が座っている諸々の川があります。そしてその川の傍では、イスラエルから捕らえられてきた人々が座り、シオンの歌が歌えないのを嘆いて涙を流していました。詩編に「バビロニアの諸々の川の傍に私たちは座り、涙を流しました[5]」と書かれているとおりです。また、別の川があって、その川の「激流が、神の都を喜ばしている」のを、私は知っています。詩編作者が「川の激流は神の都を喜ばす[6]」と言っているとおりです。あなたは、その激流が神の都を喜ばせる川が何であるかお聞きになりたいですか。私たちの主イエズス・キリストが川なのです。そしてその川の激流が、神の都である教会を喜ばせます。この方は、イザヤを通して次のように言っています。「見よ、私は、あなた方の中にいわば平和の川を向けよう[7]」と。私はいくつかの川が約束された川であることを知っています。それはこの川から流れ出てきます。すなわち「この水から飲む人は皆、再び渇く。しかし私が与える水からの飲む人は、永遠に渇くことがない。むしろその人は、その人の内で永遠の命へとほとばしる泉となるであろう[8]」。また「彼の腹から諸々の川が流れ出るだろう[9]」とあります。ですからあなたには、竜から遠くはなれた諸々の聖なる川があります。実に、「私には理解できないものが三つある。疎お一つは石の上の蛇の道[10]」――ところで医師とはキリストのことです。そして蛇の道は、キリストのおられるところに存在しません――。同様に、私は、これらの聖なる川の中に、足跡を見出すことはできないのです。しかし竜が作った川が存在します。実際、竜はこう言っています。(そして神は、この竜にも、この竜が作ったものもろの川にも、脅威を与えます)。「これらの川は、私のものだ。私がそれらの川を作った」と。あなたは、異端者がその狡猾な才知の限りを尽くして、イエス・キリストはまだきていないと公言しているのをお聞きください。しかしそれらの川は、竜が棲む川です。そして竜みずからがそれを作り、こう言っているのです。「それらの川は私のものだ。私がそれらを作った」と。それゆえあなたは、水を飲むときには十分注意してください。あなたは、竜が座している川から水を飲むかもしれませんから。むしろ、生ける水から、神のみ言葉がまします川、私たちの主イエズス・キリストがおられる川の水からお飲みください。私たちの主イエズス・キリストに栄光と支配が、代々にありますように。アーメン。



[1] Cf.Ps.123(124),7.

[2] Cf.Hom.Jos.14,2.

[3] Cf.Pr.4,23.

[4] Ez.29,3.

[5] Ps.136(137),1.

[6] Ps.45(46),5.

[7] Cf.Is.66,12.

[8] Cf.Jn.4,13.14.

[9] Jn.7,38.

[10] Cf.Pr.30,18.19.

 

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