「そして私は、その地に飢饉を送り、その地から人と家畜を絶ち滅ぼす[1]」。どのようにして私は、このように深遠な事柄を公にもたらすことができるでしょうか。なぜ「飢饉」が起こり、なぜ肥沃になり、なぜ豊作が生じ、なぜ欠乏が地に起こるのかを、私は何によって説明することができるのでしょうか。「ああ、神の知恵と知識との富の深さは[2] 「飢饉」は、人間と魂の邪悪さとによって送られるのでしょうか。それとも地上の事柄が委ねられている天使たちが、地上で罪を犯したとき、彼らのせいで、私たちが起こるのを目にする出来事が起こるのでしょうか。しかしもしも天の摂理の分配者たちがいて、彼らが(地上の)実りを監督しているとすれば、おそらく彼らのせいで、「地」上に不毛が生じるのでしょう[3]。たしかに「主の業の大部分は、隠れた事柄のなかにあるのです[4]」。私たちは、「知恵」の偉大さを語り尽くすことができません。「だれが、海の砂、雨の滴、代の日数を数えることができるのでしょう。だれが、天の高さ、地の広さ、知恵の深さを探ることができるのでしょう[5]」。したがって「飢饉」は、罪深い「地」に、さまざまな仕方で「送られてい来る[6]」のです。



[1] Ez.14,13.

[2] Rm.11,33.

[3] 削除

[4] Si.16,21.

[5] Si.2,2.3.

[6] Ez.14,13.

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