61 悪魔によって用意された匂いの誘惑

ある機会に、われわれの面前で、悪魔があの修道士をひどく苦しめ、大声で次のように言い始めた。「何という匂いだ。何という匂いだ。何という匂いだ」。そして修道士の上に悪魔は香水をふりかけ、恐れと軽蔑で苦しんでいるような顔と声をして私にいった。 「私が一番憎んでいるものを知っているか。見なさい、この修道士を快い香水で慰めている天使がやって来た。そして彼の贈り物は私を責めさいなむ。だが私は、お前には他の種類の匂いをやろう。これは私がいつも贈物としているものだ」。話し終わるか終わらないうちに大気は硫黄の悪臭で満たされ、前のいつわりの芳香が真実のものであることを示そうとした。

私にも同じようなことをしたので、自分の価値に疑いを抱き、あの突き刺すような芳香に包まれて不安にかられ当惑し、どこに足が向いているのかも知らずさまよった。その匂いの源がどこであるのか知らぬまま、あの快さを失うことを恐れ、手を出すことさえはばかった。よく聖体をたずさえていたものだが、それと同じように聖杯をもっていると、杯から出てくるすばらしい快さと匂いを感じ、その甘美さは完全に私を変えることもできるほどすばらしかった。

しかし真実の霊は、悪魔の計略が長く続くことを許さなかった。ある日ミサを捧げる前に誘惑を拒むのに有効な詩編「Iudica Domine, nocentes me [主よ、私を訴えるものを裁きたまえ]」を注意深く祈り、「私りすべての骨はこういえ、主よ、あなたに比ぶべき者はだれであろう」。という詩を黙想すると、突然私の上に非常に甘美な匂いが際限もなく降りかかって来た。そして骨の髄まで満たされるように思われた。経験したこしもないこの出来事に驚き呆然とし、もしこれが悪魔の計略ならば、そうと私に知わせて下さるよう、助けなき哀れな者が強者におびやかされることのないよう、主に願った。主への祈りを終えると、そのとき起こったことが真実であるという極めて確かな証拠の光を心に受け、あの出来事がすべて敵の作りあげたいつわりであることが判明した。

悪の秘密が発見できたので、あの修道士に悪魔の誘いであることを明らかにした。すると芳香はふたりの体から消え去った。以前にはわれわれに信仰厚い説教をしていたその修道士が悪口を言い、卑猥な言葉を吐き始めた。私が彼に、「お前の美しい説教はどうしてしまったのか」と訊ねると、「偽りの秘密が発見されたからには、悪を表面に出すことにする」と答えた。