第二部の内容

7.  確かにこれらは、目に見える形で起こった予型であり象徴そして神秘であり、イスラエルにおいては目に見える形で起こったもの、しかし我々のうちでは霊的に実現したものであります。そこで私たちは、これらのことについて少しばかり論じてから、真理の諸神秘に話を向けることにいたします。律法[]の後のイエス・キリストのご到来とは何なのでありましょうか。また、なぜ彼は身体をともなって来られたのでしょうか。そのおん方が私たちと一緒に食べたいとお望みになったパスカとは何なのでしょうか。また、死んだ人たちをみ言葉によってよみがえらせたおん方は、何ゆえにみずから生きながら、死を完全に裁かれなかったのでしょうか。それにまた、何ゆえに彼は、(十字架の)木を通して死をすっかり堪え忍ばれたのでありましょうか。その頭に載せられたいばら(の冠)は何なのでありましょうか。そもそも彼がお飲みになったすっぱいぶどう酒と胆汁は何でしょうか[1]。そしてそこから血と水とが流れ出た開かれたところのわき腹とは何でしょうか[2]。なぜ彼は、いままさに飲まんとする杯が過ぎ去るようにとお祈りになったのでしょうか[3]。共に吊された(二人の)強盗とは誰でありましょうか。また、その二人の強盗うち楽園におもむくのは誰でしょうか[4]。なぜご霊魂はおん父のみ手に委ねられ、おん身体は新しい墓に納められたのでしょうか。「楽園に」いるであろう、しかも「今日」いるとは、どういうことだったのでありましょうか。そのおん方が地の下にとどまられた三日間は何だったのでしょうか。そして何ゆえに、婦人たちは最初に彼を見て、また彼は、あいさつをして「婦人たちよ、歓びなさい[5]」と言われたのでしょうか。



[1] Cf.eg.Mt.27,34.

[2] Cf.Jn.19,34.

[3] Cf.Mt.26,39.

[4] Cf.Lc.23,43.

[5] Gunai/kej cai,rete;cf.Mt.28,9.