序文の結び

8.以上が私たちの神聖なる祭りの食事であり、霊的な食卓そのもの、不死の糧にしてご馳走そのものであります。では、諸々の天にあるパン[1]を供され、歓びの杯、沸き返り燃え立つ杯そのもの、実に上からの熱き霊の刻印を受けた杯そのものを飲む私たちは、考察の手始めとして、先ず最初に、律法とは何であるか、そして律法の経綸は[2]何であるかを申し上げることにいたしましょう。と申しますのも、私たちは、このような比較をすることによって、み言葉とは何であるか、また、み言葉の自由とは何であるかを知ることができるようになるからであります。



[1] Cf.Jn.6,31.

[2] no,mou oivkonomi,a