2 次に救い主は、(イザヤ八・一八の)残りの個所で、未来のことを予言してこう言っています。すなわち救い主が子供らを(賜物として)受け取ったとき、「彼らは、イスラエルにおいてしるしと奇跡になるだろう」と。正確に言うと、「また彼らは、シオンの山に住まう万軍の主によって、イスラエルにおけるしるしと奇跡になるだろう[1]」と書かれています。確かに観想の内に生活し[2]、すべての魂の中に真理を見ることができる人は、救い主を通して、そして救い主のあとには使徒たちを通して「しるしと奇跡」を行います。そして霊的な癒しによってであれ、感覚的にであれ、視力のある人々を信仰へと促すして、神の「しるしと奇跡」を執行するのに相応しい魂が見出される場合はいつでも、過去に「しるしと奇跡」を行った神は、今でも、怠りなくそれらを行うでしょう。「そして(人々が)あなた方に、『あなた方は、霊媒たちに求めよ、地から叫ぶ者たち、無益なことを語る者たち、腹から叫ぶ者たちに求めよ』と言うなら、民は自分の神に尋ねないのか。民は、なぜ生ける者のために死者を探すのか[3]」とあります。言われている事柄が曖昧であることに、あなた方はご注意ください。そしてこれらの(言葉の)意味は、神ご自身の豊かな啓示のもとにより優れた意味に結び付けられねばなりません。さて神は、わしたちに、私たちが天来の善き言葉以外の他の言葉の弟子になってはいけないと教えています。実際、真の教えを約束しそれを語る人たちの中には、天に属する事柄を語らず、地に属す事柄を語る人たちがおります。「地に属する者は地について語り、天から来る方はすべてのものの上におられ、ご自分が見たこと聞いたことを証する[4]」。もしも誰かが、私を信じた子供たちに、「あなた方は霊媒たちに求めよ、地から叫ぶ者たち、無益なことを語る者たち、腹から叫ぶ者たちに求めよ[5]」と言ったなら――それは、あなた方は悪霊どもに求めよと言うのと同じです。なぜなら霊媒という悪霊の一つの種によって象徴的にすべての悪霊が名指されているからです――、「もしも(人々が)あなた方に、あなた方は霊媒たちに求めよ[6]」、すなわちあなた方は、悪霊どもから、占いや真理や神聖な観想を求めよと言ったなら、あなた方は、私が言うことを彼らに答えなさい。悪霊が彼ら(子供たち)に教えるものは、何でしょうか。もちろん悪霊は(いま述べた言葉の内に)続いて言っています。ある悪霊どもは、あなた方を、しかし何よりも洗礼志願者を、自分たちの力の及ぶ限りで、霊媒たちのもとに向かわせようとしています。確かに、あなた方を偶像に向かわせようとする悪霊どもについて、聖書にこう書かれています。「諸国の民のすべての神々は悪霊である[7]」と。それらは、あなた方を霊媒のもとに行かせようとしているばかりでなく、悪霊どものすべての種に行かせようとしているのです。しかしながら、「ご自分の望むものを天においても地においてもお造りになる私たちの神は[8]」、私たちを悪霊どもから引き離し、私たちの救い主イエス・キリストを通してご自分に親しいものとしてくださったのです。ですからあなた方の内の誰かの魂が、あれこれの人の話――悪霊どものあの偶像のもとではあれこれの悩みが癒されたとか、あれこれの占いをしてもらったなどという話――を聞いて欺かれ、さらには放浪し、(キリストの教えに)疑いを抱かないように、あなた方は注意してください。それらの偶像はすべて、悪霊どもから来るものであり、真理を知らない人々から来るものなのです。あなた方は、「すべてのものの造り主である[9]」方の許に魂において昇って下さい。そしてこの敬虔さを、敬虔であると告げられているが、その実、敬虔ではないすべての敬虔さと比べてください。そしてあなた方は、(悪霊どもに欺かれない)自分たちが幸いであることを自覚してください。実際、「主によって救われた民よ、誰があなたに似ているであろうか[10]」と言われています。また、「主をみずからの神とする人々は幸い、主がご自分の嗣業として選ばれた民は幸せ[11]」とあります。実に以前は、ユダヤの民は幸せでした。しかし彼らは幸せを失い、自分の居場所(すなわちエルサレム)から追放されました。なぜなら彼らは、(おん父)によって遣わされた方、しかも律法や預言によってばかりでなく、「しるしと奇跡[12]」においておん父の証を行った方を、待ち伏せして殺してしまったからです。こうして至福は、イエス・キリストの弟子である私たちのところに移ってきました。そして私たちは、彼を信じ、教えられたとおりに堅くしっかりと生活しているのです。
[1] Is.8,18.
[2] Qui enim habitat in speculatorio; Cf.Com.Jn.GCS., p.237,25: Siw,n( o[per evsti.n skopeuth,rion.
[3] Is.8,19.
[4]
Cf.Jn.3,31.32;
Com.Jn.GSC.,p.320,35 et p.321,18.
[5] Is.8,19.
[6] Is.8,19.
[7] Ps.95(96),5.
[8] Cf.Ps.113(114),11.
[9] Cf.Si.24,8.
[10] Cf.Dt.33,29.
[11] Ps.32(33),12.
[12] Is.8,18.