(2) またバビロニアで俘虜となった人々は、イスラエルの最初の捕囚において語られているように[1]、絞め殺されたり、埋葬されないまま諸々の通りに放置されたり、また預言されていたように[2]、息子たちは彼らから引き離されて宦官にされたり、娘たちは側室にされたりしたのに、どうしてそのような人たちが、死刑の判決を言い渡すことができたのか[3]。それも、バビロニア人たちの王が共同統治者にした[4]彼らの王ヨアキムの妻となった女性に対して[5]。またヨアキムは、このヨアキムではなく、この民族の誰か他のヨアキムであるとしても、どうやってこれほど大きな屋敷とこれほど広い庭園が、捕囚された人にあったのでしょうか。

 しかし何よりも、この物語は、(ダニエル書の)末尾に置かれた他の二つの物語と共に[6]、ユダヤ人たちに受け入れられたダニエル書には含まれておりません。

 さらに実の多くの預言者たちが先行いたしましたが、彼らの誰一人として他の預言者の言った考えを利用することはありませんでした。なぜなら彼らの言葉は真実で、物乞いするようなものではなかったからです。ところがこの預言者は、彼ら(二人の長老の内)の一人を脅かそうとして、「あなたは、無実で正しい人を殺してはならない[7]」と言われる主の言葉を思い起こさせています。

 これらすべてのことから、この物語は付け加えられたものであるように私には思われます。しかも表現の特徴が異なっています。

10 私は、(扉を)たたきました。あなたはそれに応えて、返書を書き、私に教えてください。私のすべての恩師たちによろしくお伝えください。(当地の)識者たちが皆、あなたによろしくと言っています。私は、あなたが同行者ともどもご無事でありますように(また、旅の目的を果たすことができますように)[8]お祈りしております。



[1] Cf.Tb.2,3; Jr.14,16.

[2] Cf.Is.39,7.

[3]Cf.Hyppolytos, Com.Dn.1,14 (NGWG 1919, 360,11): Pw/j ou-toi aivcma,lwtoi u`pa,rcontej kai. u`podou,loi Babulwni,oij geno,menoi hvdu,nanto sune,rcesqai evpi. to. auvto. w`j auvtexou,sioi;Hieronymus, Com.Jr.V,67 (CCL 74, 285): qui enim, inquiunt [sc. Hebraei], fieri poterat ut captiui lapidandi pricipes et prophetas suos haberent potestatem?

[4] Cf.2R.25,27s.

[5] ヒッポリュトスも、スザンナの夫ヨアキムと、ネブカドネツァルによってバビロニアに連行されたユダの王ユアキンとを同一視している(2R.24,12s)Cf.Hippolutos, Com.Dn.1,6.なお彼は、スザンナの兄は預言者エレミアであったとまで言っている(ibid.,1,13)

[6] Cf.ベル神の物語と竜神の物語である。

[7] Ex.23,7; cf.Suz.53.

[8] ( )内は、本書の校訂者Nicholas de Langeによる推測。

 

ユリウス・アフリカヌスへの手紙