2 しかしながら私たちは、イエスについて言われていることを、私たちの救い主なる主にも帰すことを教えてきましたから、誰が、「始源にして、一切の被造物の長子[1]」である方ご自身と同じように、「長老にして諸々の日の進んだ年長者[2]」として理解されるでしょうか。そして、ですから、おそらく彼だけが、真実かつ完全無欠に、長老と言われます。なぜなら彼以前には誰もいないからです。もりろん、諸々の()文書の中で長老たちや年長者たちや大祭司たちと言われる人たちがいますが、主イエスは、大祭司たちの中で「大祭司たちの長[3]」であるのと同じように、牧者たちの中で「牧者たちの長[4]」であるのと同じように、長老たちや年長者たちの中でも長老たちの長と考えられるべきであり、監督者たちの中で監督者たちの長と考えられるべきです。そして、尊敬すべき一切の名前の中で、救い主は第一の長であると信じられるべきです。なぜなら彼は、「べてのものの頭[5]」だからです。



[1] Col.1,18.

[2] Cf.Jos.13,1.

[3] He.4,14.

[4] Cf.1P.5,4.

[5] Ep.4,15.