講話

 

このような集会において、講話(教話・説教・講解)が、通常、長老によって行われたが、これには例外もあった。事実、オリゲネスは、既に長老に叙階される前に[1]、エルサレムの司教アレクサンドロスとカイサリアの司教テオクティストスの前で説教を許されていた[2]。もちろんカイサリア教会における講話は、オリゲネスただ一人が担当したわけではない。たとえばオリゲネスが、エレミア書講話で、エレミア書のすべての章句を解説していないのが、その証拠として挙げられる。つまりオリゲネスが解説していない章句は、他の長老が解説していると十分考えられるからである。とはいえ、朗読された箇所があまりにも長いために、オリゲネスは、全部を説明記し切れなかったということも考えられる。事実、エンドルの口寄せ女についての講話では、オリゲネスは、朗読箇所があまりにも長いために、先ずそれを四つのテーマに分けて要約し、その内のどれを解説すべきかを司教に尋ねているのである[3]  

さて、感謝の祭儀を伴わない日毎の集会には、洗礼志願者たちも毎日参加するように求められていた[4]。しかしヒッポリュトスの使徒伝承によれると、彼らは、受洗の許可が下りるまで福音書――したがってそれと関係の深い使徒書――の朗読を傾聴することは許されなかったから[5]、感謝の祭儀を伴わない平日の集会では、旧約聖書がもっぱら朗読され、解説されていた。またこのことは、各種の儀礼的行為も含めて、せいぜい一時間ほどしか続かない毎朝の集会で、オリゲネスの旧約聖書の講話が余りにも長いことからも裏づけられる。  

他方、感謝の祭儀が行われる日曜日の朝、水曜日と金曜日の晩には、旧約聖書と福音書および使徒書(使徒行録やパウロ書簡)のそれぞれについて、朗読と解説が行われた。旧約聖書の朗読と講話は、既に述べたように、七十人訳の配列に従って「歴史書・知恵書・預言書」の順番で――ただしオリゲネスがカイサリアで講話を担当したときには、「知恵書・預言書・歴史書」の順番で――三年周期で行われた[6]。また、福音書と、おそらく使徒書(使徒行録、パウロ書簡、黙示録)の朗読と講話も、旧約聖書の朗読周期に合わせて、三年周期で行われていたと考えられる。これによって、旧約聖書についてのオリゲネスの講話の長さにがまちまちであったり、それに比べて他の書の朗読や講話が極端に短かったりするのも説明される[7]。すなわち旧約聖書は、毎日、相当な量を朗読しなければ、三年で、しかも集会の適正な時間内に、読み終わらないのである。  

聖書の講話は、祈りと平和の挨拶(口づけ)で終わった。使徒伝承は、次のように言っている。  

教師が教えを与えるのを止めると、洗礼志願者たちは、信者たちとは分けられて、離れて祈らなければならない。女性たちは、女性の信者であれ、女性の洗礼志願者であれ、教会の中で適当な場所で離れて祈らなければならない。 洗礼志願者は、祈りを終えても、平和の口づけを(互いに)交わしてはならない。なぜなら彼らの口づけは、まだ聖なるものでないからである。しかし信者たちは互いに、男性は男性と、女性は女性と、挨拶をしなければならない。しかし男性は女性に挨拶をしてはいけない[8]

 

オリゲネスの講話でも、最後に祈りがささげられている。しかもこの祈りは、通常、立って行われた[9]。また祈りに関しては、オリゲネスは、東を向いて祈ること[10]、上体を曲げて祈ること[11]、あるいは跪いて祈ること[12]に言及しているが、こうした形の祈りが、講話の際に行われたものかどうかは決めがたい。またローマの人たちへの手紙注解では、祈りの後に平和の口づけも行われ[13]雅歌注解では、この平和の口づけは、感謝の祭儀の時にもなされるなっているが[14]、両作品とも、当該箇所が多少とも潤色の疑いのあるラテン語訳でしか伝わらないため、その真偽のほどは定かではない。



[1] Traditio Apostolica,19:「教師は、祈りの後に洗礼志願者に手を置いて祈り、そして彼らを帰さなければならない。(教えを)与える者が、聖職者(evkklhsiastiko,j)であれ、一般信徒(lai?ko,j)であれ、このようにしなければならない」。少なくともローマ教会では、一般信徒が教え(この場合には教話)を与えることが許されていた。まだパレスチナの二人の司教は、同様の慣例に基づいて、オリゲネスに説教をさせている。Cf.Eusebios, HE.VI,19,18.

[2] Cf.Eusebios, HE.VI,19,16.とはいえこのこと、そして後に彼がカエサリアで、この二人の司教によって長老に任命されたことは、かねてからオリゲネスの大胆で向こう見ずな数々の言動を快く思っていなかったアレクサンドリアの司教デメトリオスに、容赦ないオリゲネス批判の口実を与えることになった(Eusebios, HE, VI,8,4; VI,23,4)

[3] Cf. Hom.1S. 28, 3-25,§1; Hom.Ez. XIII, 1: 「司教は、ティルスの支配者という言葉について議論するように私たちに求めています」。

[4] Cf. Hom.Nb. XIII, 1(既出).

[5] Cf. Traditio Apostolica, 20:洗礼を受ける者が選ばれたなら、・・・(中略)・・・、彼らは福音を聞かなければならない。

[6] 三年周期は、使徒伝承で定められた教理教育の期間にも相当する。Cf. Traditio Apostolica, 17: 洗礼志願者は、三年間み言葉を聞かなければならない。

[7] Cf.Hom.Jr.XV,6: さて、次から次へとたくさんの言葉が出て来まして、言われたことの一つひとつについて何かを言わなければなりません。しかし時間が私を責め立てるばかりで、余裕がありません。そこで私たちは、次に朗読された言葉について述べてみましょう」。この他にも、オリゲネスが時間に追われて講話を行っている個所は Hom. Nb.XIV,1(GCS 30, 120, 2s); Hom.Lv.I,1(GCS 29, 281, 23s).

[8] Cf. Traditio Apostolica,18.

[9] Cf. Hom.Jr.XX,9:私たちは立ち上がって、神からの助けを祈り求めましょう; Hom.Nb.XI,9:私たちは立って祈りましょう; Hom.Lc.XII,6:それゆえ私たちは共に立ち上がって、主に賛美を奉げましょう; XXXVI,3:私たちは立ち上がって、神に祈りましょう; XXXIX,7:それゆえ私たちは立ち上がって、神に祈りましょう。Et cf. Justinos, 1Apol.67,3-4.

[10] Cf. Hom.Nb.V,1:教会の規則には、すべての人が守らなければならないものが少なからずあります。しかしそれらの理由が、必ずしもすべての人に明らかになっているわけではありません。たとえば私たちが跪いて祈らなければならないこと、また私たちが天下のどの地域にいても陽の昇る東の方角だけを向いて、祈りを注ぎ出さねばならないこと、これらのことは、必ずしもすべての人に、その理由が容易かつ明瞭に知られているわけではないと、私は思います。

[11] Cf. Hom.Nb.XI,9:こうして、祈りのときは身体を曲げるのです。

[12] Cf. Hom.Nb.V,1(既出).

[13] Cf. Com.Rm.X,33:この言葉(Rm.16,16)、および少なからざるその他の類似の言葉から、兄弟たちは祈りの後で、互いに口づけをすることが、教会の風習として伝えられている。

[14] Cf. Com.Ct.1:(み言葉が魂に口づけをするという)このことの象徴(imago)は、私たちが教会の中で、諸々の秘跡の時間に互いに与え合う口づけです。

 

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