教会は、四つの福音書を持っています。しかし異端は極めて多くの福音書を持っています[1]。その中には、エジプト人たちによる福音書[2]、十二使徒たちの福音書があります。またバシリデスも敢えて福音書を書き、それに自分の名前を冠しています。「多くの人たちが書こうと努力しました[3]」。しかし四つの福音書だけが認証されました。そしてこれらの四つの福音書から、私たちの救い主の位格についての諸々の教えが表明されねばなりません。私は、トマスによる福音書と呼ばれるもの、マティアスによる福音書と呼ばれるものを知っています。また私たちは、他のもっと多くの福音書も読みました。それは、それらの福音書を知って何事かを知得したと思い込んでいる人々の前で、私たちが無知であると見られないようにするためです。しかし私たちは、これらすべての福音書の中で、教会が認証したものしか認証しません。すなわち四つの福音書だけが受け入れられねばなりません[4]。そのような訳で(ルカによる福音書の)始めに、「多くの人々が、私たちの間で確証された諸々の事柄についての話をまとめようと努力しました」と書かれているのです。彼らは、私たちに極めて明瞭に知られている諸々の事柄について書こうと試み、また書こうと努力したのです[5]



[1] オリゲネスにとって異端は、当時のバレンティノス派、バシリデス派、マルキオン派の教説である。彼らは「神殿の祭具を奪う盗賊」であり(Hom.EzVII,2)、「教会の操正しい教えを汚す姦通者」である(Com.Rm.II,11)

[2] Lc.1,1.

[3] 『エジプト人たちによる福音書』は遅くとも二世紀後半に書かれたグノーシス文書で、本文で言及されている他の外典もグノーシス文書である。

[4] オリゲネスは、使徒継承の教会の教え(ecclesiastica praedicatio)が伝えるものだけが聖書解釈と神学の真理の基準であると考えている。Cf.De Princ.Prol.1.

[5] 結局オリゲネスにとって正典の基準は、聖霊の恵み(霊感)と教会の認証である。

 

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