人々の内のいったい誰が、自分の身長がもっと長くなるののを望まないでしょうか[1]。ですからもしも何事かが実現するように命じられたなら――実際、命令を受けた人が実行できないようなことを命じるのは馬鹿げたことです――、そして私たちが「成長するように[2]」命じられたなら、とにかく私たちにできることが命じられたのです。では、あなたは、「あなた方は成長しなさい」という言葉がどのように理解されるかお知りになりたいですか。イサクが何を言ったか、あなたはお聞きください。彼についてこう言われています。「イサクは進歩し、より偉大になり、大いなる者、桁外れに大いなる者になった[3]」と。すなわちより善きものを目ざす彼の意思は絶えず進歩し、彼の精神は何かしらより神的なものを観想し――自分の蔵により多くのものを納め、しっかりと保つために――記憶力を研ぎ澄ましたのです。そしてこのようにして、自分のすべての徳を、魂という畑の中で耕す人は、「あなた方は成長しなさい」という命令を果たすことになります。



[1] この一文は、「あなた方の内、誰が思い煩ったからといって、身長を一尺でも伸ばすことができるだろうか」(Mt6,27)と対をなしている。オリゲネスは、以下で、「あなた方は成長せよ」の霊的解釈を行う。

[2] Gn.1,22.

[3] Gn.26,13.

 

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