あなたは聖書の言葉が、これとは違うより神的な事柄を意味しておらず、ただみ使いが羊飼いたちのところに来て彼らに語ったことだけを述べているとお考えなのですか。諸教会の牧者の皆さん、神の牧者の皆さん、あなた方は、お聞きください。神のみ使いは絶えず天から降りて、「今日、あなた方のために、救い主がお生まれになりました。この方こそ、主なるメシアである[1]」とあなた方に告げているのです。実際、牧者なるその方が来臨されなかったなら、諸教会の牧者たちは、みずからの力で群れをよく守ることはできなかったでしょう。キリストが彼らとともに牧し守らなかったなら、彼らの守りは頼りないものでしょう。少し前に、使徒の書簡で「私たちは神の協力者である[2]」という言葉が朗読されました。善き牧者(キリスト)を模倣する善き牧者は、神とキリストの協力者なのです。それゆえ善き牧者とは、最善の牧者を頂いて、その牧者とともに牧する人です。事実、「神が教会の中に、使徒たち、預言者たち、福音記者たち、牧者たち、教師たちをお定めになったのです。それらはみな、聖なる人たちの完成のためです」。



[1] Lc.2,811.

[2] 1Co.3,9.「少し前に」(dudum)という言葉から、第一コリントの朗読が、このルカによる福音講話の直前に行われたことが暗示されている。感謝の祭儀の折の聖書朗読は、旧約・使徒の書・福音の順番でなされた。詳細については、拙論『エレミア所講話研究』を参照せよ。

 

次へ