しかしユダヤからもガリラヤからも多くの人たちが信仰に至ることになっていたので、これらの王国もその称号で言及され、次のように言われています。「ヘロデがガリラヤの四分統治王[1]、その兄弟フィリポがイツリアとテラコニテ地方の四分統治王、ルサニアがアビレネの四分統治王であったとき、大祭司アンナスとカヤファの下で、主の言葉が、荒れ野にいたザカリアの子ヨハネに臨んだ[2]」と。かつて「主の言葉は、祭司たちに属していたヒルキヤの子エレミアに臨みました[3]」。しかし今度は、「神のみ言葉は、ザカリアの子ヨハネに臨みました」。しかも、このみ言葉は、荒れ野にいる預言者にこれまで一度も臨んだことがありませんでした。しかし「捨てられ(て荒れ野となっ)た女の子らは、夫を持つ女の子らよりも数多く[4]」信仰に至ることになっていたため、「神の言葉は、荒れ野にいたザカリアの子ヨハネに臨みました」。



[1] tetrarcha.

[2] Lc.3,1-2.

[3] Jr.1,1.

[4] Ga.4,27; Is.54,1.「捨てられてた女」の原語desertaと、「荒れ野」の原語desertumは、それぞれdeseroの分詞形である。なお、本講話のギリシア語断片には、「捨てられた女」は異邦人の教会をさし、「夫を持つ女」は、ユダヤ人の会堂をさすと、明確に述べられている。『ルカによる福音講話』のギリシア語断片は、後ほどすべて日本語に訳す。

 

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