しかし律法の博士は、「自分自身を正当化」しようと、自分の隣人は誰もいないことを示そうとして、「誰が私の隣人ですか[1]」と言います。これに対して主はたとえ話を引いてきます。その冒頭はこうです。「ある男がエルサレムからエリコに降ってきた[2]」云々。そして(救い主は、エルサレムからエリコに)降ってきた人は、掟を守り、助けを必要とするすべての人の隣人に進んでなろうとする人の隣人に他ならないと教えます。実際、次のことが、(この)たとえ話の後に、結びとして記されています。すなわち、「盗賊たちの手に落ちた人の隣人は、これら三人の内の誰であると、あなたには思われるか[3]」。確かに、祭司もレビ人たちも、彼の隣人ではありませんでした。むしろ、律法の博士自身も答えているように、「憐れみを実践する人」が彼の隣人なのです。そこで彼は、まさに救い主によって次のことが言われます。「行って、あなたも同じようにしなさい[4]」と。



[1] Lc.10,29.

[2] Lc.10,30.

[3] Lc.10,36.

[4] Lc.10,37.

 

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