2 救い主は、神の国についても、「それがいつ来るのか」とファリサイ派の人によって尋ねられ、次のように答えています。「神の国は、見えるものとして来るのではない。また、人々が『見なさい、ここにある』とか、『そこにある』とか言えるものでもない。実に神の国は、あなた方の間にある[1]」と。救い主は、すべての人に向かって、「神の国はあなた方の間にある」と言っているのではありません。なぜなら罪人たちの中には罪の国があるからです。私たちの心の中には、神の国か、罪の国が、紛れもなく存在しています。それゆえ、私たちが行うことであれ、言うことであれ、考えることであれ、それらをより注意深く考察するなら、神の国が私たちの内で支配しているのか、諸々の過失の国が支配しているのかを、私たちは見ることができるでしょう。使徒は、このような違いが存在することを知っていて、ある人たちに思い起こさせて次のように言っています。「あなた方の死すべき体の中で罪が支配してはなりません[2]」と。