さらに、神の子にこの上なく相応しかったマリアは、み使いとの対話の後、山地に登り、諸々のより崇高なところに留まらねばなりませんでした[1]。それで「マリアはそのころ立ち上がって、山地に向かった[2]」と書かれているのです。また彼女は、胸騒ぎに鈍感ではありませんでしたから急いで立ち、聖霊に満たされながら、「彼女を覆っていた神の力[3]」によって、諸々のより高いところに導かれねばなりませんでした。こうして彼女は、「ユダの町に行き、ザカリアの家に入って、エリサベツに挨拶しました。そしてエリサベツがマリアの挨拶を聞いたとき、彼女の胎内の子がおどり、エリサベツは聖霊に満たされたのです[4]」。



[1] これは、み使いとの対話の後のマリアの霊的進歩と完成の状態の暗喩であろう。

[2] Lc.1,39.

[3] Cf.Lc.1,35.

[4] Lc.1,40-42.

 

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