妙秀。来世の善所、悪所の謂れを、もはや聞き得侍りぬ。然らば、此の上にて又一つの不審がそうろう。其れと申すは、是程まで、Dsの御事は勝れて有難く渡らせ玉うに、何とて皆は、Dsを見知り敬い奉らぬぞや。其の上、扶からぬ者と云う事は、有る間敷きことにて侍るに、かようには何として成り下がりたる事にそうろうや。

 幽貞。御尋ね尤も(=もっとも)にておわする也。想じては御不審の如くに有るべきことにてそうろうを、かように成り下がりたる謂れの侍れば語りまいらすべし。去れば、先ずDsが、天地を作り玉いて後、万物の霊長として人間の元祖、男女二人を御作りなされ、其の名を阿檀男、恵和女と名付け玉い、是をば、バライソテレアルと云う、世界第一の歓喜の地に備え置き玉い、如意満足にして、あまつさえ、不老不死の徳を与え下され、終には時節をもって、此の身ながら天上のパライゾへ召し上げ玉い、不退の(=永遠の)楽に至らせ玉うべきとの事にて、其の功徳を量ねさせ玉わんが為に、一つの禁戒をさだめさせらし所に、右に申したる天魔(=ルシヘル)は、如此く(=斯くの如く)にては人間は己れが失いたる位に揚がるべきことを無念にや思いけん。彼ハライソテレアルへうかがい入り、一切の人間[]元祖、阿檀男、恵和女をだぶらかし、邪路に引き入れて、天戒を破らせしかば、阿檀、恵和は、其の御罰により不老不死の徳義を初めとして、万の徳を失い、パライソテレアルよりも追い出されまいらせしかば、其の子孫までも、天命を背く者と成りてそうろう。しこうして、子々孫々が、繁昌する(=増加する)に従いて、今、此の人の栖むなる(=住むようになる)国々、嶋々に渡り来て後は、阿檀の嫡流の筋目こそはあれ、其の末々は、次第にDsの御事をも唱え失いたるによて、今、此の分に皆、人は、Dsを見知り奉らぬ様に成り下がりてそうろう。なんぼう(=なんとも)、浅間敷次第にて侍り。後生を扶からぬ者の有りと申すも、是よれい発り(=起こり)ての事にてそうろう。

 

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