しかしあなたは、諸々の善い事柄は、より劣った数々の事柄との対比によっていっそうよく、善きもであることが知られるのをお知りになりたいですか。もしも私たちが、夜の諸々の闇を知覚しなければ、光がよきものであることを誰が知るでしょうか。もしも私たちが苦さの味覚を持たなければ、あれが蜂蜜の甘さを知るでしょうか。詰まるところ、悪魔そのものや、私たちに戦いを挑む逆らう権能たち[1]を、もしもあなたが一掃してしまうなら、魂の諸徳は、敵対者なしに輝くことはできないでしょう[2]。同様に、信仰深い司祭たちの栄光は、不信仰な者たちの譴責と懲罰がその栄光を際立たせるのでなければ、輝くことはできないでしょう。



[1] contrariae potestates:以前は、「逆らう霊的存在者たち」と訳したが、今後は、「逆らう(敵対的な)権能たち」と直訳する。その理由は、いずれ明らかにする。

[2] Cf.Hom.NB.XIII,7; XIV,2; Hom.Gn.I,10; Plotinus Enn.III,3,7; IV,8,7.

 

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