第四の祈りの方法

その後、聖ドミニコは、祭壇の前あるいは参事会室に留まりながら、十字架に付けられたおん者を細心の注意を払って見上げ、その方を見つめたものである。彼はしばしば、繰り返し跪いたものである。時に彼は、終課の後、深夜まで、聖ヤコブのように、あるいは膝を曲げながら、「主よ、お望みでしたら、あなたはわたしを清めることがおできになります」(マタ8,2)と言ったあの福音のハンセン病患者のように、ある時は起き上がり、ある時は跪いた。彼は、跪いて大声で「主よ、この罪を彼らに負わせないでください」と叫んだ聖ステファノのようであった(使7,60)。このようにして我らの聖なる師父聖ドミニコの内に、彼自身とすべての罪人に向けられた神の憐れみへの大きな信頼と、諸々の魂に説教をするために彼が派遣した若い兄弟たちの粘り強さへの大きな信頼が培われた。時々彼は、自分の声を抑えることができなかった。そして兄弟たちは、彼が「主よ、わたしはあなたに呼ばわります。我が神よ、わたしに耳を傾けてください。あなたが黙っておられると、わたしは墓穴に落ちる者たちのようになるでしょう」(詩27,1)とか、聖書から取られた似たような言葉をつぶやくのを耳にしたものである。

またある時には、彼は内心に語り、その声を聞くことはできなかった。彼は、よく恍惚となり長い間跪いたままであったものである。時には、そのままの姿勢で、彼の心が天を貫いていたことがその顔から知れた。やがて彼は、溢れる涙を拭うと、大きな喜びを表した。彼は、泉に辿りついた喉渇く人のように、あるいはやっと自分の故郷を目の前にした旅人のように、憧れと期待を胸に秘めていた。そして彼は、恵みに満たされながら、ますます熱心に、そしてますます夢中になって、ある時は素早く立ち上がり、ある時は素早く跪いたものである。彼は、このような仕方で神のみ前に膝を曲げることに慣れていたので、旅の途中で、疲れ切ってたどり着いた宿屋の中でも、同僚たちが休みあるいは寝ているときには道端でも、跪くという自分の慣れ親しんだこの個人的な祈りの様式に戻ったものである。彼はこの祈りの方法を、言葉によるよりも模範によって、その兄弟たちに教えた。

 

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