朝まで残ったものは、火で焼き尽くされねばならない

 

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 「実際、私たちが知るのは一部分、また、預言するのも一部分」と、同じ使徒が教えているように、「完全なものが到来するときには、部分的なものは廃されるだろう[1]」。「朝までに」(という言葉)は、これが焼き尽くされると言っているのである。また夜は現在の世界[2]として理解され、昼は来たるべき世界[3]として理解される。同じ使徒が証言している通りである。彼はこう言っている。「夜はふけ、日は近づきました[4]」と。しかし「善悪を見分けるために訓練された感覚を持ち[5]」「固い食物[6]」に与る人々は極めて少ない。こうした人たちはまさしく、朝まで肉をわずかでも残すことが出来ないだろう。(そうできる人は)たぶん、「千人の内の一人」また「一万人の内の二人[7]」であろう。まさに祝福された使徒たちはこの人たちの内に含まれていたのである。  

 また(聖書は)引き続く言葉によって、パスカ(の小羊)を食べる人たちは次のような作法を持つと述べている。すなわち、  

 「そしてお前たちは次の様にしてそれを食べなければならない。お前たちの腰に帯をし、お前たちの足にお前たちの履き物を着け、/

 

35 [III,3]

お前たちの手にお前たちの杖を持ち、そしてお前たちはそれを急いで食べなければならない。(これが)主のためのパスカである[8]」。



[1] 1 Co.13,9-10.

[2] Cf.Ga.1,4.

[3] Cf.Mt.12,32;Ep,1,21.

[4] Rm.13,12.

[5] He.5,14.

[6] He.5,12.

[7] Cf.Qo.7,28;Si.6,6;Dt.32,30.

[8] Ex.12,11.