――異国の滞在者の身なり――

 これらの言葉は、真の小羊、本当に「世界の罪を除く(神の小)[1](が言われたものである)。この()羊は、「その年の大祭司[2]」がそれと知らずに言った言葉に従って、人々の全民族が救われるために、ただ一人、死なれた。実際、屠りは、彼ら(人間たち)を育て上げた()地、彼らの乳母となった()地に対する愛の幼稚さ[3]に従って(その地上に)滞在する[4]そうした彼らの救いを準備するものであった。彼らはこの地を乳母と考え、本当の母を知らずに、これを母として扱っていた。そして彼らは肉の放縦や身体および/

 

45 [III,13]

官能的快楽にとって一層快適なこの「無常の[5]」世界と共に養われ、自分たちの父祖の世界[6]に対する無知に支配されていたのである。彼らはヘブライ人と呼ばれていた。と言うのも、(聖書が)次のように言っているからである。「ヘブライ人たちの神が私たちを召し出されました[7]」と。



[1] Jn.1,29.

[2] Jn.11,49-50.

[3] Cf.1 Co.13,11;Ga.4,3.オリゲネスは、楽園におけるアダムの罪を考えているように思われる。アンティオケアのテオフィロス(Ad Autol.II,25)エイレナイオス(Adu.Haer.IV,38,1,11:SC 100bis,944)は、「幼稚さ」(nhpio,thta)が、アダムの堕罪を促したと言っている。

[4] Cf.Gn.15,13.

[5] 2 Co.4,18.

[6] o` auvtw/n patriko.j ko,smoj

[7] Ex.5,3(LXX).