――そして自分たちの祖国へ戻る移住者について――

実際、堅固に立てられた父祖の代に異郷を旅する世[1]が帰還するとき、パスカという呼称が効果的に遂行されて、(イスラエルの)子らの帰還が実現するのである。なぜならこの(パスカという)呼称は、過越と呼ばれるからである。確かに、彼らは、この(過越の)秘義の呼称を通して、その秘義に与り、過ぎ越して行き、自分自身のために救いを手に入れるのである。つまり「その王座にすわるファラオの初子から、引きうすの傍らにいる女奴隷の初子にいたるまでの、エジプト人たちの初子ら[2]」と共に、すなわち富と専制政治とから来る傲慢さの中にあって、無知にとどまり、諸王を「汚物の中から立ち上がらせ、王の玉座に座らせる[3]」方を認めない人たちの初子らと共に、彼らが滅ぼされないという救いを手に入れるのである。実際、それは次のものを与えた。・・・ <***>・・・



[1] これは、「ヘブライ人」の語源的解釈に由来する表現である。オリゲネスは『民数記講話』で「ヘブライ人は、移動する民と解釈される」と述べている。Cf.Hom. Nb. XIX, 4(GCS 7, 183, 25-28); また『殉教の勧め』では、キリスト者のことを「旅する真のヘブライ人」と言っている。Cf.De Mart. 33(GCS 1, 28, 18-19;邦訳187); Philon, Migr.20.

[2] Ex.11,5;cf.12,29.

[3] Cf.1 R.2,8.