21 しかし、占い鳥たちによって将来の諸々の事柄が予言されるが故に、それらの魂が神的であるとすれば、諸々の兆候が人間たちによって理解されたとき、人間たちの魂は神的であると、どうして我々は言わないだろうか。なぜならそれらの兆候は、人間たちによって聞き分けられるからである。したがって、それらの人たちによれば、ホメロスにある「粉引き女」は、何かしら神的であったことになろう。彼女は、求婚者たちについて次のように語っている:

いまや、彼らは、最後で最終の食事をすることになろう[1]

 彼女は、神的であった。それに対して、ホメロスにおけるアテナの友であるかくも偉大なオデュッセウスは、神的ではなかったが、神的な粉引き女から言われた諸々の兆候を理解して喜んだとされる。詩人(ホメロス)が言っている通りである:

高貴なオデュッセウスは、兆候に喜んだ[2]

 ですからあなたは、お考えください:占い鳥たちが神的な魂を持ち、神を感知するのであれば、あるいはケルソスが語っているように神々を感知するのであれば、くしゃみをする我々人間も、明らかに、我々の内にある何らかの神性――我々の魂にかかわる何らかの予言の力――によってくしゃみをすることになると。実際、そのことは、多くの人たちによって証言されている。それゆえ詩人も、次のように言っている:

しかし彼は、誓いを立てるとき、くしゃみをした[3]

それゆえペネロペも、次のように言っている:

あなたは、分からないのか。私の息子が、(あなたの)すべての言葉でくしゃみをしたのを[4]



[1] Homer, Od.IV, 685; cf.XX,120.

[2] Homer, Od.XX,120.

[3] HomerOd.VII,541.

[4] HomerOd.VII,545; cf.Cic.,de Divin.II,40,8. なお本節は、『ケルソスへの反論』第4巻第94節全体の抜粋である。