13 異端の中に道を開く――殉教への渇望

 

一方、教皇イノセントの裁量により、フランスにおいてアルビー教徒に対する十字軍の宣教が開始された。イノセントは、異端者たちが御し難く、言葉によって子たちを教育できぬことを嘆き、主のぶどう畑が枯れないうちに、神の言葉の剣で剪定できぬむだなつるを、本物の剣でことごとく切り落とそうと、大胆にも厳しい笞をふるう決心をした。

この異端者たらに降りかかった災難を、オスマの司教ディエゴは生存中すでに予言していた。

説教という手段では誤謬から引き離すことができず、彼らは司教を揶揄し、愚かにも冒涜の言葉を吐いたので、天に向け手を上げて叫んだ。 「主よ、み手をのべて彼らを罰し給え」。この言葉は霊感によって発せられたものであり、これは後に起こった異端者の壊滅によって証明された。

ドミニコは、神の言葉を飽くことなく拡め、モンフォール伯の死まで当地に留まった。キリストのみ名のために苦難を忍ぶ光栄、その光栄が彼を照らさずにはおかなかった。

異端者はドミニコを揶揄嘲笑しつばきし、泥やもっと汚れた物を投げつけた。後になって彼らのひとりが悔い改め、告解の秘蹟を切に求め、聖なる人ドミニコに泥を投げ、嘲笑の的とするため背に麦わらを結び付けたことを告解した。これでも充分ではないもののごとく、人びとは正しい人を襲って殺そうと落し穴を用意した。冒涜の舌は、残酷な強迫の言葉を吐いた。しかしキリストの兵士は確固たる信仰を保持していたので、背信の人びとに殺されることは問題にせずに言った。 「私は殉教に価しない。まだ殉教による死は私にはふさわしくない」。待ち伏せされているのではないかと疑われる場所を通る時には、大胆に進んで行ったぱかりではなく、楽しげに歌さえ唱って行った。 「犠牲となった。なぜなら彼が望んだから」と記し給うた神の御子の例に従って。

異端者たちは彼の変わることのない忍耐心を褒めて訊ねた。 「死の恐怖によりおじけずいたり動揺することはないのか」。「われわれがお前を捕えたらどうするか」。彼は答えた。「私を短い時間で簡単に殺してしまわず、徐々に肉体を切り刻むように頼むであろう。そしてその後で、切り取られた肉片を目の前に置き、それから両眼を引き抜かなくてはならぬ。そして、半殺しのままばらばらになった肉体を、血の海の中に完全に死ぬまで放置せねばならぬ」。この言葉を聞くと、敵は驚いて以後彼をつけねらわなくなった。なぜなら、彼を憤らせようとすると彼に奉仕したことになり、彼を迫害すれば贈物を与えることになるからである。こうして彼は全力を投入し燃えるような熱意をもって、できる限り多数の霊を獲得しようと企てていた。みなの霊を救うため邪悪なものを壊滅させ、獲物をその支配下から救い出そうと信じられぬほど切望していた。