| 黒の月、第16の太陽の日 |
記し人 上位神官フェリアス しまったな……と言うのが正直な感想だ。 まさか、彼があんな提案というか、あそこまで私に反対の意を唱えるとは思わなかった。 私の考えが甘かったと言うべきか、それともそれ程までに彼自身が劣等感を拭えないということなのか―――。 私は、アストリーヌが言うように私は館に必要な人間で、アストリーヌは不必要な人間とは思ってない。 実際、これは親友である私の欲目でも何でもなくて、彼自身も次代候補に上がっているという事実からも推し量ることが出来る。どうして私のたった一人の親友であり、兄弟である彼はあれ程までに己を過小評価するのか……。 彼が何と言おうと、私はアストリーヌの方が館を束ねる資質を持っていると思う。 彼は私には絶対に出来ないことをこなすだけの力量を持っているし、常に冷静沈着で精神波も安定している。どんな状況に陥っても、彼はまず感情に駆られることなく多方面からシュミレーションし、最高の判断を下すだろう。それに関して、私は微塵も疑ってない。それなのに、アストリーヌは私こそが次代を担うのにこれ以上の人材はいないと、私達の父であるトルヴァンにまで断言しているそうだ。 父は父で、「おまえ達二人で一人前じゃから、二人で次代になれば良かろうよ」などと言う始末だ。 大体それを言うなら、父こそが現在の長と共に次代候補として揚げられたのに、さっさと要領良く中位神官長に治まってしまったと、他でもない現長から私は伺っている。 自分はさっさと逃げておいて、当の息子達には「おまえ達が継げば良かろう」とは何としたことか! いやいや、父の言動に悩まされるのは今日に始まったことではないのだから、これに関して記すのはよそう。 そう、今日はアストリーヌの言動について書くつもりで日記を開いたのだった。 私は昨日捨てられた子供を拾った。それも子供といってもまだほんの小さな子、世間で言う赤ん坊という年齢の子だった。捨てた親にも事情はあったのだろう。それはいい。ただやるせなかったのが、その子を捨てた者(この場合、両親とは限らない)が、この子供が死ぬように仕向けてあったことだ。 今は黒の月。これはこの大陸でもっとも過酷な冬にあたる。そんな時期に森へ子供を置き去りにすれば、一日と持たず命の灯火が消え去るのは、物心ついたばかりの子供にすら分かる。そんな日だった……。 それでも私はその捨て方に少しばかり疑問をもった。まず第一に、赤子が身に纏っていた衣服は一般的な階級の子のそれとは違っていた。はっきりと言えばハイクラスのものだった。第二に、捨てられる前には誰かが面倒見ていたことが伺えた。肌着は汚れてなかったし、育児に疲れた両親が育てたにしてはその兆候がみられなかったことだ。そして第三に、本気であの子の死を願っていたにしてはある意味徹底的でなかったことだ。 彼は―――まだ書いてなかったが、赤ん坊は男の子だった―――確かに捨てられてはいたが、大木の出来るだけ雪が吹き込まないところに置き去りにされていたし、あの森は館から離れているとはいえ、館にいる人間達のある意味特殊能力を熟知していれば、ギリギリその存在エネルギーを感じ取られる場所だと分かる。 勿論、館の人間全員ではないし、極数人の、いやもう少し正直に書いてしまえば、現長と私は察知することができる場所であった。私はともかく、長は外部との接触も多く、王宮への出入りも激しいこともあり、彼の能力は大陸の人間であればうわさ程度でも聞いているだろう。 ああ、それも今回は別件だった。つまり、捨てられたにしては不明瞭な点が多いということだ。 とはいえ、捨てられた原因も我々には把握できてる。 彼は《カルラーナ》の保持者だからだ。 《カルラーナ》の騎士は別名、暗黒の騎士とも称される。本来、神の御剣とされているもので、神聖な剣なのだ。この理由もこの日記に書く必要はないだろう。今や暗黒の騎士の由来は幼子でも親に聞かされて知っているのだから。 とにかく、私はこの子が御剣の騎士だからという理由ではなく、この子が本当は捨てられたくなかったであろう両親の為に、私は実子として育てることにした。実子として育てれば、取り敢えずはこの子の身の安全も計れるし、私が常に守ってやることも出来る。それに御剣の騎士は、私が知りえる限りで三名がこの世に生れ出でている。そしてこの子で四人目ということは、残りの二名も誕生している可能性の方が高い。この世に全ての御剣の騎士が揃うということは、それだけ時代の暗黒が濃いということだ。館はもうすでにそのことを数百年も前に予知しておりその準備もしている。そしてこの子だ。だから館で保護するのは当然の成り行きとなるだろうし、子供には親が必要だ。保護者でなく。それならば私が彼の親として育てても何の問題もないと思うのだが……。 問題はアストリーヌか…… アストリーヌは何故か私が親として育てることは反対らしい。彼は自分が親となると言ってきた。だから私には手を出すなということらしい。 どうして彼がそんなことを言ったのか私には分からない。父は何かを思案する顔をして黙っていたので、アストリーヌの感情を分かっているのだろう。情けないことだが、私はたまにアストリーヌが何を考えているのかわからなくなることがある。親友と、兄弟だと思っているのはもしかして私だけなのだろうか……。 ああ、また少し落ち込んできたみたいだ。 これ以上書いていると、底なし沼にはまりそうなので、今日はこれまでにしておこう。 明日、もう一度アストリーヌと話してみよう。本当は、本音は二人で育てていけたらと私が思っているということも正直に言おう。アストリーヌが分かってくれるといいのだが………… |