今宵のつぶやき

私的感想

no.80

なぜ夢殿は八角形か』 宮崎興ニ

数字に纏わるお話で、納得出来るような、出来ないような。結局、なぜ、この書名なのという謎が残りました。反復的に数字に関して、例が出てきますから知らない部分は面白かったのかしらと思いました。諸外国と日本との数字の重要性の違いはなるほどと思ったというところでしょうか。

 

no.79

『情事の終り』 グレアム・グリーン

この本、ずっと前に購入して、途中で挫折した本だったりする。当時、読んでいて無性に腹が立ちました。今回も同様に腹が立ちましたが、なんとか最後まで読み通しました。私はどうも、この主人公の男性が苦手らしいです。彼の一言、一言を受け付ける事が出来ず、理解する気持ちも持ち合わせない。女性の日記の部分になって、やっと少し面白いのかもとは思いましたが苦手な作品のようです。時代背景が、かなり古いので、理解し難いという事もあるのかもしれませんし、宗教に関しても詳しくはないので、彼らの行動がどうもよくわからない。この本が面白いと思った方に説明を請いたいのが本心だったりします。この作品、映画化されていて、最近まで公開されていたようです。

 

no.78

『サタンの僧院』 柄刀一

またしても、唸ってしまった。今回は宗教、哲学がテーマになっている。そのせいもあってか、読み難く感じる部分も多々あったように思える。全体的には、1つの謎が提出されるとその解答を得る為に新たな謎が提出されるといった感じで、入子細工の様相を呈しているように思われた。その謎解きへの道筋、話の流れが幾筋かに分かれて記されていて、1本になっておらず、最終的に1本の道に辿りつく。散りばめられている数々の謎にどのような解答が与えられるのか、どのように集約されていくのかが読みどころのように思う。謎解きが好きで、宗教解説(?)を厭わなければ愉しめるように感じました。

 

no.77

『昏き神々の宴』 霜島ケイ

どうなるのだろうか?と否応なしに次回作に思いを馳せる事になってしまった。神島・御影・秋川の三家も分裂の気配を見せるは、弓生と聖は大変な試練の渦中に投げ込まれる、中央はやはり中央なのね、ですし、天狗は相変わらず、汚い手を使っている。新たな存在も見え隠れし始めている。駒がほぼ出揃ってきたというところかもしれません。読んでいると、会話の部分は相変わらず、面白いのでつい笑いを誘うのですが底辺に重いものがドーンとあるので、そのギャップに翻弄されているような・・・。

 

no.76

『花衣花戦』 宮乃崎桜子

切ない1冊だったようにも思う。宮様の<神の子>ではないのかもとしれないと疑念、自分の介入が反って事を歪ませてしまうのではないかとの思い、そして、義明の宮様を想う心。核心に触れそうで、触れずに微妙な動きをしている。二人だけの事でなく、人が人を思う気持ちはなかなか重なり合わない、それが切なく感じた理由のように思う。

 

no.75

『風は万里 黎明の空』 小野不由美

女の子三人が本当に良く頑張る。そして、自分の道を探し出して行く。それぞれがいろんなものを抱えているのに、それを乗り越えて行こうとする前向きな姿勢に拍手と言う感じです。それと、一人では出来なくても、心を許せる人に出会える事が出来たなら、とても強くなれるのかしらとも思いました。立ち向かう強さを日々過ごしているとつい失いがちですが、必要な事なのだと思いしらされました。

 

no.74

『幻の女』 ウイリアム・アイリッシュ

なんと言えば良いのかしら。怖いというのが一番、しっくりくるのかしら。途轍もない、殺人が起きたわけでも、ホラーと云うわけでもないのですが、人の認識を考えた時に怖いと思ってしまう。自分の過ごした時間がたった一人の人物が探し出せない為に、忽然と消えてしまう。ましてや、その為に窮地に陥るとは。自分がこんな目にあったとしたら、と考えずにはいられませんでした。時間の流れが微妙で、古さを感じない本だと思います。

 

no.73

煩悩カフェ』 酒井順子

????がたくさん頭の上を飛び交いました。よくわからない話だったりします。いろんな煩悩を上げて、それについて書いてあるのですが、こう言った煩悩は、みんなが持っているものなのでしょうか? ほとんど、思った事がないものばかりで、正直言って、唖然としてしまいました。たぶん、面白いとは思いますが・・・。私は、自分が変わり者なのかもしれないとツクヅク痛感してしまった1冊でした。

 

no.72

『ラグナロク洞』 霧舎巧

不謹慎ですが爆笑してしまいました。某作家氏の作品を読んだ事がある方なら判って頂けるかと思います。決して面白い場面ではないのですがここでこの言葉を聞くとは思いも因らなかったので不意打ちの結果の爆笑です。その後にも他の某作家氏の作品もあったりしました。さて、作品そのものの話。言葉の関連が鮮やかです。二種類どちらもそのように感じました。いつの時代でも、どこの場所でも自分の事しか考えていない人達はいるものですね。その事が大きな不幸を呼ぶ事に気付きもしない。理由があるから罪を犯していいという事には決してなりませんが災いを自ら招いている。罪で罪を裁く事は出来ないのに・・・。

 

no.71

『鬼を斬る』 藤木凛

朱雀十五の曾祖父にあたる朱雀十二が登場しています。それで、どうでも良い事を考えてしまいました。朱雀家は男子が一人しか生まれてないのかしらね。それとも長男若しくは家督を継ぐものだけが名前を継承するのかしら?今の時代なら子供が一人でも少しも不思議ではないけれど、昔なら子沢山が当たり前という気が少しするのだけれど、大昔だとそうでもないのかな。明治初期の動乱に乗じていろんな事が暗躍していたようです。誰かが謎を解き解すという類いの話ではなかったように思います。全てを時代の変革に押し付けて、逃げた結果が結局は自分に帰って来る。気付いた時には手遅れになっていてやり直したくても無理だったようです。でも、もう片方の自分達の事しか考えていなかった人達がその後どうなったのかが気になる。