こちらのSSは同人誌「Honey Gift Box」のおまけSSです。
それでも大丈夫! という方はどうぞスクロールしてください。↓





















二人乗りハニー







「ほらハンドルまっすぐにして、できてるできてる、うまいじゃないか」
 声をかけながら三谷要が息子の一実の自転車を押してやるのを腕組みして眺めながら、橘亜希人はしみじみ感心していた。
 子どもだからなのか、それとも一実に才能があるのか、始めて二時間ほどなのにだいぶうまくなっている。三谷が声をかけたまま手だけ離しても、よろよろしつつちゃんと前に進んでいて、やがて、橘の前まで来ると倒れもしないでちゃんと足をついた。
「たちばなさん、できてた? できてた?」
「できていたぞ。さっきより長く一人で乗れていた」
 子ども用のヘルメットの下で目をきらきらさせている一実に橘は重々しく頷いてやった。一実はやったーと言いながら万歳して、苦労しながら自転車の向きを変える。
「こんどはたちばなさんがおしてー! パパはあっちいってまってて!」
 手を振られた三谷は笑いながら踵を返して、さっきのスタート地点まで戻っていく。橘は一実に急かされて自転車の後ろを掴んで、押した。最初だけぐらつくものの、意外とすぐに安定して、橘が手を離しても大丈夫だった。
 追いかけるようにしてかるく走ると一実が高い笑い声をたてて、あっというまに三谷の元に到着した。目を細めて眩しそうな顔をした三谷はしゃがんで一実の背中を叩いてほめてやったあと、橘を見上げてくる。
「俺たちも自転車買いましょうか。ちょっと遠出するのにも使えるし」
「――要らないんじゃないか?」
 橘は咄嗟に顔を背けた。ほら置く場所だって困るし、と言いながら、要がすぐに引き下がってくれればいいが、と思う。実は自転車に乗ったことがない、だなんて、一実の手前もあるし沽券に関わるではないか。
 けれど願いも虚しく、三谷は首を傾げた。
「アパートに自転車置き場があるから大丈夫ですよ。春になったらサイクリングするのも楽しいと思うんですけど。店までも自転車で通えますし」
「店までは電車でいいじゃないか。雨が降ったら自転車には乗れない」
「そうですけど、晴れてたら気持ちいいじゃないですか」
「なんでそんなに自転車に乗りたいんだ」
 困った橘の声はほとんど憮然としたものになって、三谷がちょっと目をみはる。それから一実と橘を見比べて、彼はまた首を傾げた。
「あの、違ってたらすみません。もしかして、自転車、乗れませんか?」
「えーたちばなさんのれないの?」
 一実にまで目を丸くされ、まだ何も言ってないだろう、と思いながら、橘は顔をしかめた。
「乗れないんじゃなくて、たまたま自転車に乗る機会に恵まれなかったんだ」
「じゃあたちばなさんのれるの?」
「乗ってみたら乗れるとは思うぞ」
 できるだけみっともなくならないように腕組みしてそう言ってみたものの、一実はなんだか同情するみたいな目になって橘の脚に触れてくる。
「パパがじてんしゃかってくれたら、ぼくいっしょにれんしゅうしてあげるね?」
「……ありがとう」
 複雑な気分で呟くと、三谷が立ち上がった。
「じゃあ、とりあえず一台だけ買って、練習して、温泉旅行は長野とかにしましょうか」
 ふわっと微笑んで言われ、橘は突然飛んだ話題に首をひねる。三谷は手を伸ばしてきゅっと橘の手を握った。
「二人乗り自転車に乗れるところにしましょう。そしたらきっと楽しいですから」
「二人乗り――たまにテレビで見るやつだな」
 それが楽しいものなのかどうか橘には想像できなかったが、三谷が「旅行いつにしましょうか」と言ってあんまりにも嬉しそうな顔をするので、きっと楽しいのだろう、と思うことにした。
 三谷はにこにこしたまま一実を見下ろす。
「一実、亜希人さんが練習するときは、パパが手伝うから、一実は応援する役やってくれる?」
「うんいいよ〜」
「ありがとう。――いっそ、これから自転車屋さん行きますか?」
「いや……今日じゃなくてもいいんじゃないか? 一実の練習だってまだ途中だろう」
「いいじゃんいっしょにれんしゅうしようよ」
「いや、でも――」
 でも、できれば、一人でこっそり練習してからにしたい、と橘は思う。自分がどれくらい上手いのか、あるいは下手なのか心の準備くらいはしたい、と思ったのに、三谷はじゃあ行きましょうなどと言って橘の手をひっぱる。一実は機嫌よく自転車を押してついてきて、それを見ながら三谷がそっと耳打ちしてきた。
「上手に乗れたら一回キス、っていうのはどうですか?」
「――それは、ちょっと変だろう」
 ひめやかで楽しげな声を出す三谷を横目で睨んで、橘は咳払いした。
「だいたい、外じゃないか。僕は外でそういうことはするべきじゃないと思う」
「じゃあ、家に帰ってからまとめてならいい?」
「……それだといつもとたいして変わらないと思うがな」
 そろりと指を絡められ、嵌めた指輪を撫でられて、その熱っぽさに今度は顔を背けてしまいながら、橘は赤くなっているだろう顔を隠すためにあいた手で口元を覆った。
 最近の三谷はやたらとあまえたがるのが少し困る。前から確かにいろいろねだられていた気はするけれど、最近は前よりもずっと――ずっと、隠しておけないように、仕草にも声にも眼差しにもあまい光が滲んでいて、困る。
 困るんだがな、と思いながら橘は三谷の手を握り返した。あたたかくよく馴染む体温が、冷たい空気の中で心地よい。手をつなぐと、るんるんするというよりも、ふんわりするなと橘は思う。
 きっと、自転車も、二人で乗ったらふんわりするのかもしれない。
「キスはともかく、二人乗りは楽しみにしておく」
 照れくさくて少しだけ素っ気なくなった橘の声に、三谷はそれでも心から嬉しそうに「はい」と返事をくれた。 


 





END



『Honey Gift Box』後日談。
収録した最後の短編を書いているときに、ふと、「橘さんて自転車乗れなさそうだな……」と気づいて(笑)こんなお話になりました。
あと、BLで二人乗り自転車ってすごくいいですよね。
いろんなカップルに乗ってほしい、それが二人乗り自転車!



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