そっと見ててもいいですか?
(「ずっと好きでもいいですか?」おまけSS)












「ちょっ……アル、な、なにしてんの?」
 がたがたっと音をたててご主人様である奈々斗が動揺した声を出した。
 私が顔を上げてみると、椅子に座った奈々斗の足下に、同居人のアルフレッドが座り込み、奈々斗の脚に寄りかかっていた。奈々斗の脚に背を預けた格好のアルフレッドと目があって、彼は不機嫌そうに眉をひそめて見せる。
(なにか文句あるか)
 ――そう言いたげな彼に、私ははたっ、と尻尾を振り返した。一度きりにするつもりが、つい微笑ましくて何度も尾が揺れてしまい、アルフレッドはいっそう機嫌悪い表情で目を逸らす。
「嫌がらせだ」
「な、なんで?」
「――明日クリスとハリーを迎えに行きたいというのは俺が譲ったのに、だから今日はべつべつに寝る、っていうのが理解できない」
 低いアルフレッドの声に、奈々斗は耳を赤くする。
「だ、だって、匂いつくもん」
「それだ。俺は犬臭くない」
 苛立たしげにアルフレッドが言い返す。「俺を犬扱いしてるなら怒るぞ」
「そうじゃなくて……」
 奈々斗の声が困ったように途切れる。やれやれ、と私は頭を前足に載せて寝る体勢に入った。これは、人間のいうところの「痴話げんか」というやつなのだろう。理解に苦しむ。
 アルフレッドのことを、さきほど「同居人」と言ったが、厳密にいうと彼は「人」ではないので正しくない。かといってもちろん犬でもないのだが、私から見ると、彼はやっぱりちょっと犬のようだ。大きな犬ではあるけれど。
「えっとね?」
 もそもそと、奈々斗が日記を――アルフレッドが不在のあいだに書きはじめたノートをいじりながら喋る。
「クリスって鼻いいじゃん? だからね? その、エッチなことして、明日またからかわれたら嫌だなって……」
「『また』? いつからかわれたんだ?」
 奈々斗の弁明に納得するどころか、アルフレッドの声はますます低くなった。慌てた奈々斗は「前いたときだよ!」と言ったが、誰がどう聞いても嘘っぽかった。アルフレッドが唸る。
「そうか、俺がいないときか。――ん?」
「と、とにかく、今日だけ。明日だけはクリスにからかわれたくないの!」
「なんで明日だけなんだ。そこがわからない」
「それはさっきアルが珍しくやる気まんまんみたいな言い方をしたからだよ!」
「ああ、『今夜は寝不足にするかもしれない』?」
「繰り返すなよ!」
 騒々しさに目だけ上げると、奈々斗はもう首まで真っ赤だった。奈々斗は私の目から見てもときどき大胆で、基本的に素直なのに、どうして恥ずかしがったりするのか、人間というのは不思議だなあと思う。我々には理解できないその機微が、けれどとても愛しい。だって、けっして不幸せそうではないから――きっとあの、よくわからない言いあいも、奈々斗には幸せなことなのだろう。
 視線に気づいたのか、アルフレッドがちらりとこちらを見た。仕方ないので、私は尻尾を揺らした。
〈奈々斗はあなたの不在のときに、なんというんだったか、自分で自分を慰めていて〉
 言うと、ぎゅ、とアルフレッドの眉が寄った。怖い顔をされても困る。
〈それを、直後に訪ねてきたクリスに知られてとても恥ずかしかったようだ。クリスは恥ずかしがることはないと言っていたし、私もなにが恥ずかしいかよくわからなかったが〉
「まあ、たまには礼を言うよ。ありがとう」
 ぼそっとアルフレッドは呟いた。奈々斗が「え? ありがとう?」と聞き返すのに、向きを変えて抱きつく。
「そんなに言うならいっぱい匂いをつけといてやる」
「あ、アル……っ恥ずかしいよ、みんないるし」
「みんながいるところでオナニーしたくせに?」
「な、なんで知って――ボス! ボスだろ、告げ口したの!」
 涙目になった奈々斗が私のほうを睨んできたけれど、それを遮るように、アルフレッドがひょいと奈々斗を抱き上げた。ちょっと羨ましい、と思って顔を上げると、アルフレッドは安心させるように笑ってみせた。
「隣でご主人様をなめてきてやる。――明日からは面倒な人狼が増えるんだ、そのためにきっちりマーキングしておこうと思ったんだ」
「マーキングとか言うのやめてよ……」
「そうしたほうが安全なんだぞ」
 声を改めて、アルフレッドは抱き上げた奈々斗の顔を覗き込む。「人狼は安全じゃないって教えただろう。誰のものかきちんと明らかにしておけば、たとえ向こうが狼になっても、手出しされる可能性がちょっとは減るんだ。リスクヘッジだ」
「クリスとハリーはもう知ってるじゃん」
「知ってるなら、また知られてもいいだろう」
「知ってるから、もう知らせなくてもいいじゃん!」
「はいはい」
 とりあわず、アルフレッドは部屋を出ていく。隣の一○二号室にこもるのだ。隣にいっても、我々犬(そして人狼のアルフレッド)にとってはあまり意味がないのだが、奈々斗の気分はだいぶ違うらしい。
 わーわー言う奈々斗の声が遠ざかり、壁をへだてた向こう側につくと、ふいにおとなしくなった。ふわ、と奈々斗の興奮がおさまり、色が変わるのが、離れていてさえわかって、私は尻尾を振った。いいことだ。奈々斗が幸せなのは、とても。
 アルフレッドが珍しく、奈々斗に対して独占欲を見せている理由に、奈々斗はきっと気づいていないだろう。でも私には――私たち七匹にはよくわかる。アルフレッドは、故郷から十二日ぶりに帰ってみたら、「内緒」の増えた奈々斗を少し案じているのだ。涙ぐむようなセックスを経て、翌朝になってみれば、「あ、ちょっとやることあるからあっち行ってて」と言われたり、あれだけアドバイスしたのにバイトを再開してみたりしていることに、一抹の不安を覚えているのだろう。そういうところは、ああ同じ犬だなあと思う。たぶん、アルフレッドは嫌な顔をして否定するだろうけれど。
 犬はいつだって、ご主人様の「一番」でいたいのだ。
 なにもかも共有して、一番近くに寄り添いたい――程度の差はあれど、犬はみんな、そう思って日々を生きている。
 明日にはきっと、しびれを切らしたアルフレッドが私にいろいろ聞いてくるのだろう、と思うと、少しだけ得意な気分になった。
〈ボス、寝ないの?〉
 私のそばで寝そべっていたトントンが、嬉しそうな私のほうを不思議そうに見る。寝るよ、とこたえて、私はトントンをそっと鼻で押した。
〈ご主人様とアルが幸せそうだから、見ていただけだ。トントンはおやすみ〉
〈みんな幸せでよかったね〉
 トントンは無邪気に笑って目を閉じる。まったくだね、と呟いて、私もあごを前足に載せ直した。甘い奈々斗の声が、微かに聞こえる。奈々斗がこの部屋で一緒に寝てくれないのは少し寂しいが、彼の幸せがなによりも大切だ。
 そっと離れた場所から、いつでも奈々斗を見つめているくらいは、許してもらいたい。 






END



『狼だけどいいですか?』番外編同人誌『ずっと好きでもいいですか?』のおまけSSです。
ボス視点。
犬って基本、すごーく焼きもちやきで、自分の好きな人間は独占しておきたいんですよね。なので、アルも口ではなんだかんだいって、きっちり奈々斗を独占したいと思ってるんだよ……という、そんなお話でした。
『狼だけど〜』本誌と同人誌本体はちょっぴりしんみりもできると思うので、もふ好きで未読の方は(ここを見ていて未読の人はいないと思いますが……)お手にとってみてくださいませ♪


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