二人の夜は向き合って
(『好きって言うから聞いていて』サイン本お礼SS)










 真新しいパジャマに真新しいシーツ、まっさらな枕。
 そもそも、ベッドが新品だ。
 新しいこと自体は、達季だって悪くないと思う。
 ただ、なんでダブルベッドで、枕が三つあって、シーツと布団がピンク色なのか、というところだけが、いまだに納得できない。
 達季としては、一応、買いそろえるにあたって主張はしたのだ。寝るのはきっと別々のほうがいいと思うと言ったし、枕が三つの意味がわからないし、シーツがピンクはどうなのか、と疑問を呈した。でも、天場の答えはよくわからないがゆえに、反論が難しかった。
「だってダブルベッドのほうが広いじゃん」
「……そうですけど、ええと、ほら、寝る時間がずれると嫌だし、喧嘩したりしたら一緒に寝るのは気まずいし、そもそも毎日一緒とか意味わかんないし」
「大丈夫、そのために広いんだから!」
「…………広くても枕三つは要りませんよね? 二人なら二つでいいじゃないですか」
「いやー、ほら、外国のベッドとか無駄にいっぱいあるじゃん。あとエッチするとき腰の下に」
「わー! やめてください生々しいから! やっぱり二つにしましょう二つ」
「じゃあ四つ」
「……………………わかりました三つでいいです……。でもせめて色は水色とかに」
「だめだよ新婚といえばピンクだよ俺けっこう憧れてたんだから!」
 ちっとも理解できなかった。
(……まあ、確かに、天場さんならピンクも似合うけど……)
 南国めいた明るさを持つ天場は暖色が似合う。
 達季はもそもそと新しいベッドに上がり、ダブルベッドってほんとに広いなあと思いながら布団の中にもぐりこんだ。さらりとした肌触りが気持ちいい。パジャマも、天場とお揃いということをのぞいては、着心地がよくていい感じだった。
 ふかっとした枕に頭を預け、達季はバスルームにいる天場を思い浮かべた。一緒に入ろうか、と蕩けそうな顔で言われてすげなく却下したけれど、今日は同居の一日目だ。
 引っ越し作業のあれこれですごく疲れているけれど、天場が一緒にお風呂とか言ったからにはきっと彼はいちゃいちゃしたいに違いなかった。彼の希望したダブルベッドの上で、彼の希望どおりにそろったいろいろなものに囲まれて。
 考えると、ぼっと頬が熱くなる。脇に重なった、チェックと斜めストライプの可愛らしい色合いの枕をこわごわ眺め、あれが腰の下に……と思ったらベッドから逃げたくなった。嫌じゃないけど無理な気がする。だって同居しましたって実感しなくちゃいけない感じだし疲れてるしせっかく新しいシーツが汚れるのは面倒だし天場はきっとなにか恥ずかしいことを言うだろうし。
(達季さん可愛い。こっち向いてよ、ほら見てすごいね、もうこんなに)
 ベッドでのあまったるい睦言をうっかり脳内でリピートしてしまい、達季はいっそう赤くなって枕に顔を埋めた。かけたままの眼鏡が痛い。
 外そうかなと思って、でもほんとにエッチなことされたときによく見えないと不安だし、されそうになってからかけるのはなんだか変な気がするから、このままのほうがいいかな……と迷う。
 とにかく、こういう事態には慣れていないのだ。
 他人と一緒に暮らすなんてこれが初めてだし、だいたい恋人がいるのが初めてなのだから。
 恥ずかしいのと戸惑いで「ううう」と唸ると、バスルームの戸が開いて鼻歌が聞こえた。ご機嫌な天場は「ばんざーい」とご機嫌そうな歌を口ずさみながらベッドまで来て、達季さんもう寝ちゃった? と布団をめくる。
「……起きてます」
「寝ててもよかったのに。うーん、そのパジャマ可愛いね、達季さんてちょっとゆるい服装似合うよね。あっスーツも似合ってるけど」
「いいです、スーツ似合わないのは自覚してます」
 慰めてくれなくても気にしてないし、と思いながら達季はそろそろと身を捩り、天場を見てぽかんと口をあけた。
「なっ、なんでまた脱いでるんですか!」
「いやー、風呂上がり暑いし、すぐ寝るからいいかなと思って。せっかくパジャマを達季さんと色違いにしたから着ようかなと思ったんだけど、それは明日にするわ」
「パジャマは明日にするとかそういうものじゃ、わっ」
 達季の後ろにすべりこんだ天場が、手を伸ばして達季の眼鏡を取り上げる。
「なにするんですか、返して、」
「いいじゃん、もう寝るんだし」
「――でも、」
 でもえっちなことされるとき、天場が次になにをしようとしているか見えないほうが嫌だ。
 とは言えずに達季が口ごもると、天場はちゅっと達季の耳に口づけた。
「朝から動き回って、肉体労働して疲れてるでしょ。今日はなんにもしないから、ゆっくり寝て」
 抱きしめながら嬉しそうに囁かれて、達季は天場を見返した。
「し、しないんですか」
「うん」
「……天場さん具合でも悪い?」
 いつもは達季がいやとかもう駄目とか言っても受け流して結局好き勝手する天場なのに、毎日でもしたいとか百回したいとか言うのに――もしかして風邪でも引いたのかと、不安になる。
 眉をひそめた達季に、天場はちょっと傷ついたような顔をした。
「達季さん俺をなんだと思ってんの。そりゃ達季さんがしたいなら俺としてはどんと来いですが」
「正直眠たいです」
「でしょ。だから、今日はやめよう」
「……」
 だったら余計にパジャマは着るべきなのでは、と思ったが、言ったら「お揃いのパジャマ達季さんも嬉しい?」とか返ってきそうな気がしたので、達季は黙った。
 ふんふふーん、と謎の鼻歌を歌いながら、天場はおとなしくなった達季を抱きしめてくる。
「あー、幸せ」
 ごくごく満足そうな呟きが、達季の耳をくすぐった。
「達季さんと今日から一緒に暮らせて、ベッドはダブルでキッチンはコンロが3口で、枕がいっぱいあって布団がピンクでパジャマがお揃いで引っ越した当日はえっちしない……幸せだなあ」
「天場さんの幸せの基準は絶対おかしいと思います」
 賛同できない、と思いながら、それでも達季は天場の腕の中で身じろいだ。身体を捩って天場のほうを向き、こんなことして変に思われないかな、と思いながら、そうっと天場の背中に手を回した。
 ふふ、と天場が笑う。
「もっと、ぎゅってしてもいいよ。襲わないから」
「そういう心配したわけじゃ、ないです」
 恥ずかしさで素っ気なく言いながら、後頭部の撫でる天場のてのひらに目を閉じる。
「ただ――こういうの、したことなかったし、ちっともさっぱり慣れないし」
 天場の裸の胸がくすぐったい。でも、くっつくと心臓の音が聞こえて、それが思いのほか安心できる音なのを、達季は最近知ったばかりだ。
「そのうちきっと慣れるよ。慣れて、抱っこしてもらわないと眠れないくらいになる」
「いや、それは絶対ないです」
「俺はもう達季さん抱っこしてたほうが断然安眠できるよ」
 感動するよな、と、天場はちょっと眠そうな声で言った。
「だって、セックスしなくても、すごい幸せな気持ちになれるとか、すごいことだと、思うんだよな」
「……それなら、よかったですけど」
 とにかくなにがなんでもえっちなことをする、という状態に比べたら、今の天場はきっといい状態なのだろう、と達季は思うことにした。達季的には、同居なんかした上にベッドが毎日同じだったら、週に一回だけではすまないのではと思って怖いけれど。
 あわよくば月イチくらいに減るといいんだけどなあ、と、天場が聞いたら涙ぐみそうなことを考えながら、達季は天場の背中を抱きしめ直して、さっきよりもぴったり身体をくっつけた。あたたかくて気持ちいい。他人が嫌なのに、天場が嫌じゃないだけでも、人生は百八十度変わった気がする。
 天場が、セックスしなくてもいい、と思えるようになったのとあわせて、たぶん、ちょうど向かいあわせに、今立てているような気がした。
 おやすみ、と天場が囁いた。おやすみなさい、と達季は返す。
 ふかふかの布団も枕も、あたたかい恋人の体温も、まるく包み込まれるような心地好さで、それには確かにピンク色が似合ってるかもしれなかった。






END



 カバー絵SSでしたー。
すごく可愛いイラストにしていただいたので、この二人のこんなシーンも書きたいなーと思っていたのをかたちにできてよかったです! 
にまにまほっこりしていただけましたら幸いです♪





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