wonderful world
(『ゆゆ煮 秋祭り味』「あまざけ味《おまけSS@『したたる恋の足跡』)












 びっくりさせたいから千空には内緒なのよ、とアメリアがウインクしてみせた、彼らのためのパーティの席で、ミカエルは目を細めた。人が和気あいあいとしているのを眺めるのはとても好きだ。皮膚からプラスのエネルギーが入り込んでくるようで、きらきらした表情を色に変えたらどんなに美しいだろう、と思う。
 それに、話に聞いて楽しみにしていた日本のスイーツは、実に繊細で上品な外見をしていた。
「サノサキのスイーツもとっても食べてみたかったけど、あのスイーツ、ワガシは素晴らしいわね。食べるのが楽しみ《
 シャンパングラスを片手にした佐野崎にそう微笑みかけると、佐野崎は眩しそうにしながら頷いた。
「久木の作る菓子はどれもおいしいですよ。僕の焼き菓子なんて遊びみたいなものです《
「そんなことないわ、愛情がつまった料理はどれも素晴らしいわよ《
 佐野崎の控えめな態度は日本人らしいなと思う。同時に、それだけでない奇妙に一歩引かれているような感覚が、少し興味深かった。澄見の友人ぽくないけれど、澄見が気に入りそうだ、という気もする。主張しない顔立ちの中の繊細に長い睫毛や、薄い唇のかたちは意外に官能的で、こういうタイプはベッドの中で乱れたりするのよね、と思っていると、す、と脇に影がさした。佐野崎がほっとしたように笑う。
「ミカエル、紹介します。和菓子を作っている久木です。僕の、昔からの友人なんです《
 立っていたのは和朊姿の男性で、どことなく、かつて画集で見た「武士《を思わせた。よろしく、と微笑んで手を差し出せば、ミカエルの外見にさして驚くふうもなく、「よろしくお願いします《と硬い口調と握手が返ってきた。
「久木、ミカエルさんが和菓子の見た目を気に入ったみたい《
「それはどうも《
 頷いた久木は、佐野崎になにか日本語で訊いた。佐野崎が笑って首を横に振る。なに、と問えば、「久木が、いつも店で出しているケーキは用意しなかったのか、って《と佐野崎は苦笑した。
「ほんとにたいしたことないんですよ。できるだけ美味しく、とは心がけてますけど、地味な家庭的なものですし、こういう場には向きません《
「でもお店で出してるんでしょう? そうしたら、明日は食べられる?《
「……そうですね、明日なら《
 はにかんだように、佐野崎が顔を伏せた。あらまあけっこう可愛いのね、と思ったら、久木が「ミカエルさん《と呼んだ。
「よければ、和菓子の説明をします。どうぞ《
「ありがとう、お願いするわ《
 興味があったので頷くと、佐野崎はさりげなく場を離れていく。まるで久木が遠ざけたみたい、と思ってから、ふと気づいた。久木が佐野崎を目で追っている。
(……あらあら。昔からの友人、ねえ)
 くす、と笑うと、久木がミカエルを見た。それから、和菓子を指差して、「これは紅白両方用意して祝福を意味します《と説明をはじめるので、ミカエルはもう一度にっこりした。
「あたしとサノサキが話すのが嫌だった? 心配しなくても、襲わないわよ。こんな格好してるけど、貞淑なのよ、あたし《
 久木は一瞬押し黙り、それからかるく首を振る。
「……あんたと、ってわけじゃない。気を悪くしたなら謝る。ただ、あいつは他人が得意じゃないんで《
「ふぅん。好きなの?《
「――《
 返事はなかった。むっとしている気配だけが伝わってきて、ミカエルはなんて愛しいのかしら、と思いながら腰に手をあてた。
「食べさせてくれたら黙っててあげてもいいわよ?《
 かるいからかいのつもりだった。こんななりをしているから、けむたがられるのも、嫌な顔をされるのも慣れている。誰かと話しているだけで、他の誰かに妨げられたりすることもよくあるけれど、それが秘めた心故なら、悪い気持ちばかりでもない。
 久木は変化に乏しい顔のままミカエルを見、並んだ和菓子を見て、それから桃色をしたまるい和菓子を切り分けた。黒っぽい小さなナイフのようなものに刺して、手をそえて口元まで差し出され、ミカエルはもったいぶってそれを口に入れた。ふんわり静かな甘みが口に広がる。
「ん、おいしいわね。見た目どおりの、繊細な味だわ《
「気に入ってもらえたらならよかった《
「おいしかったから、お礼にいいこと教えてあげるわね《
 硬い発音の英語もなんだか好ましい。ミカエルは久木の耳元に顔を近づけた。
「素敵なことってね、自分から一歩踏み出さないと、絶対に訪れないのよ。もちろん失敗することだって多いけど、動き出さないかぎりは、こんなふうに祝福されることだってないんだから《
 そっと指差した先には澄見がいる。松田と佐野崎と話している澄見は、松田になにを言われたのか、珍しく恐縮したような、照れたような表情を浮かべていた。幸福そうだ、と思うと胸があたたまる。今は大切な友人だ。ずるくて臆病で愚かな大人でも、あんなふうに幸福な表情になれるから、恋は素晴らしい。
「いいわねえ。あたしも恋がしたいわ《
 ため息をつくと、久木が黙って和菓子を切り分けた。ずいと差し出されて、ありがと、と言って口に含む。恋がしたいわ。二度といやだと思っていたけれど、今はもう一度、誰かを愛せたらいい、と心から思う。



 翌日、佐野崎は約束なので、とシフォンケーキを焼いてくれた。
 元気に出かけているアメリアとアレックスはおらず、澄見と千空とミカエルの三人で、店のテーブルに座って、穏やかで優しい味のシフォンケーキを食べる。
「やだ、これなら朝食でもいいじゃない、おいしいわよ《
「スペインでは、朝は甘いものを食べたりするんでしたっけ《
「澄見も好きだよね。スペインに行くと、いっつも朝は砂糖のかかったペストリーとか食べるんだよ《
「千空だってチュロスは食べるだろ《
「でも毎朝はいらないよ。パンにチーズのほうがいい《
 そう言う千空のうなじには、淡いけれど小さい跡が残されている。隣に座ったミカエルからはよく見えるその跡を眺めて、ミカエルは向かいの澄見を見やった。
「疲れてるときって甘いものがおいしいものねえ、スミ? アマザケはおいしかった?《
 がたん、と隣で千空が音をたてた。見ればマグカップをテーブルに置き搊ねたらしく、少しコーヒーが零れていた。「佐野崎さんごめんなさい《と言いながら赤くなっている千空に、佐野崎が苦笑して布巾を手渡す。千空は、恨めしそうにミカエルを見た。
「ミカエル、アレックスが変なこと言い出したの知ってたなら、とめてくれればよかったのに《
「いいじゃない、餞別よ《
 優しく千空の背中を撫でて、「今度スペインに来たら、チュロスとチョコレートを用意してあげる《と言うと、千空はいっそう赤くなった。
 それを澄見と佐野崎が愛しげに見つめている。サノサキはちょっと寂しそうにも見えるわね、と思い、彼ともっと話がしてみたくなる。おいしいケーキのこと、澄見のこと、久木のこと、千空のこと、それから恋のこと。
(ああ、この感じで絵が描きたいわ。愛の色の、愛のかたちの――明るくって、ちょっと寂しくって、広い感じの)
 考えるとどこまでもわくわくした。
「サノサキも、今度はスペインにいらっしゃいよ《
「行ってみたいですね。ヨーロッパって遠いイメージだったんですけど、こうやって知り合いができると、行ってみたいな、って思えます《
 微笑む佐野崎の言葉は、社交辞令だけには聞こえなかった。
「ぜひいらっしゃいよ、ヒサギも一緒に。今度はスペインでパーティしましょ。アメリアだってはりきるわ《
「パーティ今度はなんのお祝いですか?《
 にこにこしている佐野崎と、横で「またパーティなのか《とちょっと呆れた顔をしている澄見を等分に眺めて、ミカエルはとっておきの微笑み方をした。
「それはもちろん、愛をお祝いするのよ。人生って、どこにだって愛が溢れているものだもの《
 たとえ気づかなくても、恋が叶いそうになくても、報われない思いでも。
 愛しい気持ちだけは、いつだって世界を満たしている。
 






END



同人誌「ゆゆ煮 秋祭り味《に収録の「あまざけ味《の番外編です。
ご覧のとおり、前半はビリー先生のあとがきイラストにあわせた内容になっています♪
後半は完全に同人誌の番外な内容なので(前半も説明が入らないと意味上明ですが)上親切きわまりないのですが、ちょっとでもハッピーな気分になっていただけたら嬉しいです!




ご感想はこちらから(拍手フォーム)

※感想なしでも押せます。連続10回まで、感想は1回あたり80文字までです。