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死人探し屋ー黒電話
 電話が鳴る音が聞こえる。
リビングに置いてある電話の音ではない。俺の部屋から聞こえてくる。
俺の部屋のクローゼットを開くと、そこには数十個の電話が置かれている。
当然、電話線は切れていて内部的に壊れている使えない電話ばかりだ。
その中の一つ、昔の家によくあった黒電話が止まる事なく呼び出し音を響かせている。
普通の人が見れば気味悪がるだろう。
でも、俺はごく自然にその黒電話を本体ごと持ってクローゼットを閉じた。
部屋の中心に置いてある椅子に座り、一息吐いた後で受話器を取った。
「もしもし」
『……』
相手は無言だった。何を言おうか迷っているようだ。
「もしもし?」
『…あなたは誰?』
やっと答えてくれた。20代前半あたりの女性の声だ。
「俺はネコだ」
『…え?ネコ?』
誰と聞かれれば俺はいつもそう答えている。大抵の人は唖然とする。
『あなたは人間じゃないの?』
「確かに人間だけど、その答えは当たり前すぎるから自分の名前を言ったんだ」
そう言うと、女性はクスクスと軽く笑った。
『ネコって言う名前なの?』
「本当は漢字で猫と書いてビョウと読むんだ。でも皆俺の事をネコと呼ぶ」
『フフ、変わった人ね』
初対面の人は大半がこう言う。小さい頃は名前の事でよく親を恨んだものだ。
「悪かったな」
こう言うと、女性はまた笑った。
「それじゃ、おまえは誰なんだ?」
この質問に、女性はピタッと笑い声を止めた。
『…それは私には分からないの。私が誰なのか分からないの』
そうくると思った。
俺が相手をする存在は、皆自分が誰なのか忘れている。
思い出させるのに時間がかかる。
俺は溜息を吐き、膝に置いている電話をひっくり返した。
電話の底には一枚の写真がテープで付けられている。
写真には一人の女性が写っていて、写真の裏には女性の名前が書かれている。
「俺はおまえが誰なのか分かるぞ」
『…何故分かるの?』
「俺はおまえの話し相手だからな」
この女性のような存在が電話線が繋がっていない電話機に電話をかけられるのは、
その電話機を管理している俺が電話の持ち主の事を知っているから…だそうだ。
どういう原理なのかは分からないが、まあそういう事になっている。
恐らく俺の何らかの力が電話に働いているのだろう。
『じゃあ…私は誰なの?』
「俺はおまえが誰なのかを教える事は出来ない」
『…何故?』
「自分自身で思い出さないと意味がないんだ」
自分の事が分からないと言う事は、自分がどこにいるのか分からないと言う事だ。
俺はこの女性の名前は分かるが、本人はどこにいるのかは分からない。
本人の話を聞いて探す事が俺の仕事なんだ。
『…3時間かけて思い出してみるから、また話を聞いてくれる?』
“3時間”と具体的に言った。それだったら今回は早く見つかりそうだ。
「いつでもどうぞ」
受話器の向こう側の女性はホッと安心したように息を吐いた。
『ありがとう、ネコさん』
通話がぶちっと切れ、電話は通話音も鳴らさないただのがらくたに戻った。