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死人探し屋ー携帯電話
 今日の猫(びょう)は機嫌が悪い。
 いや、3日前から不機嫌なまま生活している。
 不機嫌だと気付いたのは、俺が仕事から帰ってきた3日前の夕方だ。

 おっと、その前に俺が誰かを紹介した方がいいな。
 俺の名前は原豹(はらひょう)。
 弟である猫とマンションの一室で二人暮らしをしている。
 俺の仕事はボディーガード又は護衛で、マンションの近くに会社がある。
 好きでなった仕事なので毎日が楽しい。
 しかし、間違えて休日出勤してしまう事に対してよく猫に怒られている。
 対する猫の仕事は死人探し屋。
 その名の通り、行方不明となった死人を捜す職業だ。
 原家が代々勤めている仕事で、父が亡くなった為に霊力がある猫が継いだ。
 その時の猫はまだ15歳だった。
 それでも文句一つ言わずに仕事を続けて今年で17歳となる。
 仕事の時間帯が不安定な関係で高校には行っていない。
 表面上では気にしていないような素振りを見せている。
 が、実は高校に行きたかったのではと俺は考える。
 死人と接すると人によって様々な障害が出る。
 父はよく倒れていて、死んだ原因も仕事関係である
 猫は父より丈夫とは言え、死人と接するたびに右目が痛むようだ。
 彼の不機嫌はこの状態が長く続く場合に発生する。
 今日もいつものように午後8時に帰宅した。
 玄関ドアを開けると大抵猫が先に「おかえり」と言う。
 しかし、今日は部屋の中に入っても返事がない。
 リビングに行くと、ソファーで寝ている猫を発見した。
 右目を押さえたまま眠っている。
 だが、俺の気配に気付いたのかムクッと起き上がって数秒ボーっと俺を見た。
「……おかえり」
「…ただいま」
「御飯…作ってない」
「そうだろうと思ってたよ」
 俺は帰宅途中にあるコンビニで買った二人分の弁当をテーブルに置いた。
 その弁当を見た猫は、無言で弁当の中身をジーッと見た。
「幕の内…ペペロンチーノ…どっち?」
「好きな方を食べろ」
 どうやら食欲はあるようだ。
 数十秒悩んだ猫はペペロンチーノを選んで蓋を開けた。

  今日から5日前の事。
 猫の部屋のクローゼットの中にある沢山の電話の中の一つが鳴った。
 電波も電池も何もない壊れた小型の携帯電話が鳴っていた。
 暇だった俺は猫のやる事をジッと見ていた。
 沢山ある電話は全て死人が使っていた電話である。
 そして、全ての電話に死人の名前や住所などが書かれたメモが付いている。
 今回の死人は当時30歳だった男性で、18年前から行方不明になっている。
 普通の死人の電話と明らかに違う点は、携帯電話に弾痕がある事である。
 どうやら、今回の死人も自分が誰なのか全く分かっていないようだ。
 どんな死人も最初は自分を見失っている。
 2〜3日すれば大抵思い出して自分の居場所も思い出す。
 しかし、今回の死人は半端ではなかったようだ。
 猫がいくらヒントとなる話をしても、死人は悩み唸るだけ。
 18年間と言う月日が流れているせいで思い出すにも時間がかかる。
 そんな事で、猫はずっとこの死人と会話をして疲れ切っている訳だ。
 疲れとストレスが溜まり続けると、猫は不機嫌&短気になる。

  俺が普段着に着替えた時には猫はペペロンチーノを食べ終えていた。
 麦茶を用意している時、リビングに置いてある電話が鳴った。
 猫は反射的に自分の部屋を見ていた。
 すぐに現実の電話と分かり、溜め息を吐きながら受話器を取った。
「もしもし…」
『あ、猫兄ちゃんだ。久しぶり〜』
 数メートル離れていても相手が誰なのかが分かる。
 明るくトーンが高い声主は俺達の妹である雀だ。
「…どうした」
『や〜ん、猫兄ちゃん機嫌悪そう〜。そんなに仕事大変?』
「大変で済むような仕事じゃねーよ…」
『やっぱり機嫌悪いな〜。じゃあ豹兄ちゃんに代わってよ』
 猫は言われるがまま俺に受話器を渡して、再びソファーに横になった。
「久しぶりだな、雀」
『豹兄ちゃんはいつも通りだ〜。猫兄ちゃん、いつ頃から機嫌悪いの?』
「3日前くらいからだ。倒れるのも時間の問題だな」
『え〜、それは困るよ〜』
「困る?」
『だって、今週の金曜日に母さんと一緒に兄ちゃん達の所に遊びに行く予定なんだもん』
 雀と母の提案はいつも突然である。
 今年で中学3年生の雀は当然受験生である。
 しかし、頭がいいのですでに志望校の推薦合格を得ている。
 なのでいつも余裕の生活を母がいる実家で送っている。
「暇なんだな、おまえは」
『暇暇〜。あ、今母さんに代わるね』
『ー…もしもし、豹?貴方は元気そうね』
「ああ、毎日元気だよ」
 母が電話に出る時は決まって「貴方は」を俺に対して言う。
 さすが一家をまとめる人物だけあり、猫の状態を見切っているようだ。
『猫に代わってくれる?』
「分かった」
 と、受話器を耳から離して猫を見ると、起き上がってこちらを見ていた。
 受話器を渡すと、猫は深呼吸をしてから受話器を耳に当てた。
「もしもし…」
『やっぱり元気ないわね。今回の死人は何日くらい付き合っているの?』
「…5日間くらい…」
『それは長すぎるわね。いい?死人と接する期間は1週間が限界よ。
1週間付き合っても死人が何も思い出さないのならきっぱりと付き合いを断りなさい。それじゃないと貴方の身が持たなくなるわ』
 母は父の仕事をずっと見てきて、そして支えてきた人だ。
 父は死人と長く接していた為に衰弱死してしまった。
 そういう経験があるので、母は猫をいつも心配して忠告する。
「…分かってる」
『気を付けなさいよ。今週の金曜日に雀と一緒に遊びに行くからしっかりするのよ』
「………え?今週の金曜?」
 確認の為か、猫は俺の方を見た。
 俺は無言で頷いた。
 すると猫は深い溜め息を吐いた。
「いつからそんな話になったんだ?」
『昨日からよ。どんな生活しているか見ないとね』
「またうるさくなる……」
『え?何?』
「いや、何でもない」
 猫のささやかな願いは静かな所で寝る事だ。
 電話終了後、猫は切実に「絶対金曜日までに死人を見付ける」と言って寝た。